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インタビュー時:66歳(2018年4月)
診断時:51歳
診断名:拡張型心筋症、心不全、腎不全、脳腫瘍
首都圏在住の1人暮らしの男性。インタビュー時は無職。
2003年に拡張型心筋症と診断され、薬を服用し始めた。
2008年に脳腫瘍が見つかり、縁あって地方の病院で手術し、そのまま地方で療養中、心臓の薬を2カ月ほど切らせてしまったら、ひどい息苦しさと下半身のむくみが出現し、2010年都内に戻り、入院治療を受けた。
2017年頃から体重が徐々に増え、2度入院し治療を受けた。
医療者を含め、自分のことを気にかけてくれる人の存在が支えである。
語りの内容
でも、やっぱり確率的にはよくないんだから、うん。
だから……、何ていうのかな、自分の専門分野にしても何にしても技能的にね、まあ技能的は、技能と言ったら手術になるのか。技術、技能ともに専門分野でスペシャリストであることが一番望ましいことだけども、プラス何ていうのかな。
患者と医師ではなくて医師とその医師の親族とか近い友人関係だとか、そのような状況であるようなつながりがあればお互いにいいことが、増えるっていうか、いい状況になるんじゃないのかな、発展していく可能性はあるんじゃないかなとは思ったですね。
それは1回、2回のぶつかり合いはある、ありますよ。向こうだって医師、先生だって人間ですもん。(患者が)嫌だって言うものはできねえだろうっていう(笑)、気持ちもあるだろうしね。
それが、「いや、先生、勘弁してください、ちょっと僕は」って言う人もいるだろうし「冗談じゃねえよ、そんな痛い思いをして」どうのこうのって言う人もいるだろうし、それはお互いに人間だからね(笑)。
でも、そのときの細かいところを点で捉えても「おまえ、生きたくないの?」って言われりゃ生きたいでしょう、みんな、と思う。
だからねえ、19~20歳の若いときだったら「冗談じゃない、好きで生まれたわけじゃねえんだから」ぐらいの気持ちでいたんだろうけども、そうじゃないと思う。
である以上は、やっぱりもう一度すっとそれぞれが引いて、あんな会話だったけどよかったのかなとかね、ちょっとフォローしてみようかとか。
で、その人の性格が分かりゃ、こういうところから押していけば結構、もっと能動的になってくれるんじゃないかとかって、それはお互いが分かっていくでしょう。
だから、それはやっぱりある程度の、それなりの何ていうのかな、近さと、あと時間がかかりますね。
で、それを補ってくれるのは、補ってくれて余りあるのは看護師さん……。看護師さんでも直接自分を面倒見てくれている人の看護師さん。看護師さんだって大きい病院はね、何十人、入院してもいるわけだから。
で、(中には看護師の)偉い人もいる。偉い人は通り一遍の当たり前のことしか言わなくても、それはそれぞれのポジションとして当然のこと、「やっておいたほうがいいよ、これ」って言われますよ。
でも、ぴーんとはこない。そんな当たり前のことを言ったって、(患者は)そんなの分かってるよ。
でも(笑)、末端の人、末端の人ったらおかしいけども、年功が少ない人がこうですよとか自分の、今回もあったけど自分の姉がそうだったと…、で、今はまあ元気にしてるからあれだけどとか。
だから自分がそういう患者さんを持った家族の一員であるっていうことと、自分は妹だったってことと、まあ、いろいろ、いろいろね。
その人を思う気持ちはきょうだいとか、親とか、いろんな立場はあるけど、それは立場、立場にあるものだから、それぞれを否定することもできないし、みんな立場が違うんだから。
でも、そういったところでこう、だからちょっと(家族のような)そういう気持ちになってくれると今回、前、去年は本当俺、痛切に感じましたね、それはね、ありがたいな。
インタビュー04体験談一覧
- 症状について子どもに話すように教えてもらった。医師を信頼して任せているので、細かい説明は聞きたくない(音声のみ)
- 患者と医師という関係に加えて、家族や友人に近い親しみのある関係性があればよい結果が得られるのではないか(音声のみ)
- カテーテル検査を嫌がっていたが、看護師が折に触れてあの手この手で説得し励ましてくれたので検査を受けた(音声のみ)
- 拡張型心筋症と診断された頃、昼夜逆転の仕事だったので、病院にも行けず薬も飲めなかったことが悪かったと思う(音声のみ)
- 心臓病の手術をした人がやっている中華屋で、自分の状況を伝えて塩分を控えてもらっている(音声のみ)
- 治療費では生活保護制度の医療扶助を受けている。倒れたときに自分で動いて手続きしたが、医療費の心配がなくなった(音声のみ)
- 専門用語 を使わず子どもに教えるように説明してくれるが、あまり細かいことまで知りたくない。先生に任せている(音声のみ)


