診断時:77歳
インタビュー時:79歳(2008年10月)
首都圏在住で妻と娘の3人暮らし。もう一人の娘は嫁ぎ、外孫が2人。かかりつけ医で、ついでにPSAを調べたところ値が高いと分かり、がんと判明。担当医に重粒子線治療が向いていると、やや性急に話を進められ、慌てて資料を集めた。知人からも話を聞き、思案した上で最終的に重粒子線治療を選択。併用して6ヵ月ホルモン療法を受け、その副作用で一時期苦労したが、現在は経過良好。重粒子線を薦めた医師にも大変感謝している。

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プロフィール詳細

D.Jさんは、かつて金融関係の仕事に就いていたが、定年した現在は、証券会社での勤務経験を活かし、世界の証券市況をパソコンでチェックするのを日課として、毎日ゆったりと過ごしていた。2004年3月に、近くのクリニックで、血液検査のついでにPSA検査をお願いしたところ4を超えていた。4から9まではグレーゾーンと聞いていたので、やばいかなと思いつつ、まあでもグレーゾーンだからと割合のんびり考えていた。

ところが2年も経つと値は簡単に9を超えてしまった。危険を感じ、つてをたどって、がんセンターで生検を受けた。12月の下旬、結果を聞きに行くと担当医は「年末のプレゼントとしては大変頂けないんだけれども」とがんであることを告げた。しかしあまりピンとはこなかった。

年明けに受けた画像検査の結果、転移はないことが分かり、放射線科の担当医からは重粒子線による外照射が非常に適していると説明を受けた。担当医がその場ですぐに予約の手続きを取ってしまったので、別の治療方法もあるのではと、あわててインターネットなどで調べ始め、患者向けの簡単な書籍から専門的な文献まで、幅広くたくさんの資料を集め、目を通した。

最初は、費用対効果を考えて小線源療法が良いかと思い、A大学病院を紹介してもらった。しかし娘の知人であるB大学病院の医師から、重粒子線で引き受けてくれるなら重粒子が絶対にいいという意見を聞き、また知人の原子物理学者からも勧められ、重粒子線治療を受けることにした。300万円を超える高額な費用が問題だったが、家族は大いに理解を示し、協力してくれた。

重粒子線治療の3ヵ月前から、6ヵ月間のホルモン療法を先行して受けるよう言われたが、当初副作用のため大きな負担を感じた。注射を錠剤に替えて、やっと何とかしのげるようになった。また治療中は、尿道から管を入れて膀胱の中に塩水をためる処置が、痛みを伴って多少つらかった。しかし全体として、重粒子線の治療は、全摘手術や小線源療法に比べれば、手術時もその後も負担は非常に軽かったのだろうと思う。5週間の入院治療が終わり、PSA値は急速に改善し、ホルモン療法中止によるフレアアップはごく軽くて済み、放射線による早期の副作用も全く出なかった。退院後は3ヵ月に一度、そして現在では6ヵ月に一度の通院でよくなった。今思うに、重粒子線の治療は確かに自分にあっていたし、一番いい時期に治療が受けられたと感じている。

情報を集めているとき、セカンドオピニオンを聞きたいと思ったが、どの医師も自分のやっている治療に軍配を上げると思うし、なかなか難しいと感じた。もう少し第三者的な判断によるセカンドオピニオンがもらえるよう、制度を充実してくれたらと思う。

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