投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

自分の病気を同僚に伝えてくれるよう上司に依頼したこと、それによって周囲から多くの支援を受けられたことについて、説明している

私は初回の診察に行ってから、直属の上司に電話をかけて癌だったことを伝えました。すると彼女は「みんなに何と伝えて欲しい?」と言いました。私は「みんなには胸部の感染症だと伝えて下さい」と言い、2度目の診察までそれで待ってもらいました。それから翌日の診察の後、私は○○(上司の名前)へ確認の電話を入れました。上司は「みんなには何と伝えてほしい?」と言いました。私は「本当のことを伝えてください」と伝えました。さらに「何も秘密にする必要はありません。いずれ分かる事だし、私は隠せませんので」と言いました。そういうことで、仕事に復帰した時、実際に仕事に戻ったのは金曜日だったのですが、私のデスクに沢山の花束が置かれていたのです。もう、本当に感激して涙が出ました。「職場の人たちは最高です。みんな本当に親切で、よくしてくれて、私にいつもと何ら変わらなく接してくれました。それが嬉しかった」。私もある程度はいつもどおりに行動できたと思います。生活や仕事など、必要なことは何でもやっていました。

英国人の乳がんの語り

自分の診断を聞いた人々の反応に、なぜ驚かされたのか話している

患者のサポートについては提言しなければならないことがあります。私がサポートを期待していた友達が私を避けるようになり、とても傷ついたことがあったからです。それを受け入れるのは本当につらいことでした。私がいったい何をしたの?がんになったのは私のせい?でも、その逆もありました。心を砕いてくれるだろうとは夢にも思わなかった人々が、とても素晴らしかったのです。夫の職場の人たちは、面識もないのに、すべての面でよくしてくれました。ほとんど行き来したことのない近所の人が、洗濯やその他すべてのことをすると申し出てくれました。周りの人たちのリアクションは両極端でした。つまり、ほとんど知らない人が一生懸命に頑張ってくれるかと思えば、助けて欲しいと期待している人からは優しい言葉も励ましのカードもこない、そういうものなのです。聞くところによると、サポートグループの中でしたら、それはごく普通のことだそうです。何の助けも差し伸べてくれない人がいれば、そばにいて助けてくれる人もいます。

英国人の乳がんの語り

周りの人に真実を伝えることの利点とそうすることで友人や近所の人から得られた支援について話している

周りの人に隠すのは、意味がありません。私は小さな村に住んでいるので、そう確信しました。入院する前、主な知り合いに、何故自分が入院するのか、何の治療を受けるのかをはっきりと知らせました。だから、くだらないうわさが出回ることはありませんでした。
「知らせたい人には誰にでも話して良いわよ。黙っているのは意味がないことよ」と言いました。 結果として、大きな支えを得ることが出来るのです。
 私の部屋は、ガンにかかったことのある方もかかっていない方も含めて、大勢の方達から頂いたカードで一杯飾られています、これは大きな励みになりますよ。

英国人の乳がんの語り

診断について友人に話したら人によって返ってくる反応がとても違っていた

そして、友人達に私の病気の事を電話で告げる作業にかかりました。何度も同じ事を繰り返すので、最後にはまるで台本を読み上げる作業をしているような気分になりました。
彼らに病気のことを告げるとき、私には何の感情もなく、また感情を表に出さないようにしていました。電話先で彼らを動揺させたくなかったからです。
数人の友人は「今すぐに会いに行くから。今出かけるわよ、会う必要があるの」と言ってくれ、とても親身になってくれました。別の受け取り方をすることもあると思います。何人かは話を聞いた後で言いましたよ、“電話を切るわ、お茶の用意が出来てオーブンが暖まったから。じゃ、またね。”って。そういう応対に私はうろたえたけれど、あの人達は電話中にうろたえたくなかったし、私をうろたえさせたくもなかったのだ、と思う事にしました。そうよ、ともかくも私のことに気を遣ってくれたのよ。たくさんの人達がお見舞いのカードや電話をくれたのですよ。

英国人の乳がんの語り

将来の異性関係の可能性に不安を持っていたにもかかわらず、新しいパートナーと出会うことができた

私の人生において恋愛なんてあるわけがないと失望していました.
手術後の変わり果てた乳房では、女性としての価値がなくなってしまうと思いました。しかし,幸運なことに発見された乳がんは小さく,腫瘍摘出術によって受けた創部は胸の下から脇の下にかけてあまり目立たない場所でした.
そして右胸は左と比べてほんの少し小さくなりましたが,ブラを着用することでほとんど他者に気づかれることはありません.
病気を通してネガティブになり、自信を失いそうになることもありますが、なんとか乗り越えることができます。
乳がんと診断されてからこのような幸福な時間がこようとは夢にも思いませんでした.私の乳がんについて理解を示してくれた素敵な男性と出会ったのです.彼は6年前に妻を肺がんで亡くしていました.そして今,私はこの新しいパートナーと素晴らしい人生を過ごしています.乳がん発症後に得た新たな人生です.

英国人の乳がんの語り

病気のストレスの中で結婚生活が破綻していったことについて話している

その後、化学療法が終了してから放射線療法が始まるまで1ヵ月、間がありました。その頃、そう、その頃だと思います。主人の気持ちが私から離れていったのは、化学療法の終わり頃でした。化学療法は人間関係にかなりの影響を及ぼします。その頃は全然わかりませんでした。今だったら、もっとよく分かりますけれどね。特に、男性にとっては難しいことなのでしょうね。多分、私たち女性はいろんなことをやってきて、そう、母親的役柄を演じていることも多いですからね。
 でも、主人にはとても難しいことで、その頃、私の放射線療法が始まる頃には私のそばにいてくれませんでした。そのときは精神的にとても傷つきました。そして、私は、主人がうつ状態になったことも、それにうまく対処できていないことも知っていました。でも主人は、専門家に相談しようとしませんでした。だから、これを乗り越えるのは本当に大変でした。でも私は今、暗いトンネルからやっと抜け出そうとしているように思います。

英国人の乳がんの語り

一時は疑いや拒否の気持ちを抱いていたが、今ではパートナーとより親密になっている

ほとんどの男性には、体の中で好きな部分があるでしょう? 私の夫の場合は、それがたまたま胸だったんです。
ですから夫と私にとっては、難しい問題になるだろうと思いました。もし今このことについて夫に話せば、夫は私がまったくいなくなるより、胸が片方しかなかったり両方なかったとしても私がいた方がいいと言うでしょう。でもそれは、夫が口で言うことであって、必ずしも彼が心で思っていることではないと思います。
こんなふうに、手術を受けなければならなくなる前は、私は夜寝る準備をする時や、リビングで着替えをしていると、長いすに座っていた夫は、新聞を置いて、テレビを見るのを止めて、腕を組んでただそこに座って、私が着替えるのを見ていました。それが、乳房を切除してからそういうことがなくなりました。
それからもう一つ、とてもうろたえるのは、それを夫に切り出すのがとても難しかったことね、でも結局は切り出したのだけど、矢張りまた同じ状況で、自分の方から催促しているように感じました。
乳房を切除する前は、夫と寝る時はいつもネグリジェを勢いよく脱がされたものでした。でも手術の後は、そうはならなくなって、そのことはとても辛かったです。夫が私のことを醜いと思っているのは明らかだと思っていましたから。
今でも、ある意味、拒絶されていると感じます。いくら夫が、そんなことはまったく問題ないと言ってくれても、以前と同じではありえないんですから。だって、絶対に重要なことなんですよ。何かが違っているはずなんです。
でもこのことがあって、私たちの関係は以前よりずっと深いものになったことは確かです。見てわかるくらいにね。会う人たちがみんな、どういうわけかわからないけれども私たちに何かあったんじゃないかと言うんです。
私も思いますよ。夫と私との距離が縮まって、とても親密な仲になりました。

英国人の乳がんの語り

当初、夫に対する怒りと性欲の減退があったが、時間とともに関係は改善していった

私は腹が立った。夫に腹が立った。私は、私が強い人間ではないことに対処できない夫に心底腹が立った。私は二人の間柄ではいつも強い人間だったから、夫は弱い私に向き合うことができないの。彼は心を閉ざし、私に話しかけようとしない。彼はまだ十分対処できない。だから私は彼に腹が立って、長い間一種の殻に閉じこもっていたのね。でも、最近はちょっとましになってきているし、それは、彼にはとても難しいことだと私は思うの。自分自身にとってよりも、自分のパートナーにとって、それは難しいことなのだと思うわ。とても難しいの。私の夫の場合も、私の苦痛がなくなったらセックスがしたいと思っていることは分かっていたわ。でも私は彼に言ってやったの、そんな気分じゃないんだって。
本当に、セックスをしたい気分じゃなかったし、今もそれは続いている。でも彼は、私が彼を拒絶していると感じて心を閉ざしてしまったんじゃないかと思うの。私の場合はそうだったんだけど、私が言いたいのは、セックスするなんて一番考えられないことだわ。私は寄り添ったり、抱きしめられたり、話したりしたいだけ。わかるでしょう。私はセックスする気分じゃない、今でもね。それがタモキシフェンのせいなのか、抗うつ薬のせいなのか、ほかの何かのせいなのかわからない。でも彼にとっては難しいことだと思う。
最近、私たちはこのことについて話すようになったし、彼はこんな状態が永遠に続くものではないと希望をもっているように思っている。難しいことだとわかるでしょう、とても難しいことなの。

英国人の乳がんの語り

夫の協力とユーモアのセンスに助けられてうまく病気に向き合うことができた

どうしても、とにかくガンを取り去って欲しい、ということが最大の関心事になるので、“外見はどうなるんだろう?”ということまではなかなかうまく考えられないものですが、私自身は、結婚して強い絆を得ていたので、そんなにうろたえることはありませんでした。夫が、「あとで外見がどんなふうになっても僕は気にしない。君は君だよ」と言ってくれたんです。そして傷が治ったとき、傷跡にキスしてくれました。そのことで私は、本当に本当に救われました。
けれども、男性のほうにとっても、あなたを安心させよう、“あなたはあなた”だと言ってあげようと思えば思うほど、それは難しいことなのだと思います。彼らもまた、私たちと一緒に乳がんを経験しているからです。彼ら自身は患者でなくても、彼らもうろたえていて、あなたを安心させようとして、あなたのために強くなろうとしているのです。
私は、夫との関係がより強くなったと思います。彼は本当に思いやりのあるひとで、治療のあいだずっと本当によくしてくれましたし、それにいつもとびきりのユーモアセンスを持ちつづけていました。たとえば、治療の説明を受けているときに、夫は看護師さんに、「術後、泳ぐことはできますか?」とたずねました。彼女が「ええ、もちろん、できないわけはありませんよ。」と言うと、夫は、「それはすばらしい。今、彼女、泳げないんですよ」と。何事においてもユーモアというのは大事ですよね。闘病のあいだもお互いに笑顔をわすれず、ときには病気のことも笑い飛ばせるなら、“笑いは百薬の長”というのは本当ですよね。

英国人の乳がんの語り

夫が協力的だったこと、傷跡の状態に満足したことについて説明している

病院から帰ると、夫が言いました。「どの手術を受けるか考えた?」って。私は、「完全切除にするわ」と言いました。彼の返事は、「そう聞いて嬉しいよ」でした。彼は全面的に私に同意してくれて、これはすごく理想的なことでした。

――切開の跡は今どのように見えますか?今のは傷痕は?

見事、見事、とてもキレイできちんとしてるし、白くてとにかく本当に慣れますよ。醜くなくて、素晴らしいきちんとした手術ね。

――見るのは気になりますか?

いいえ、全然。

――ご主人が見るのは気になりますか?

いいえ、いいえ、全然。初め手術を終えた時は、そうですね、変形したなと感じました。
その一部は、たぶん、感染があったためだろうと考えます。でも、気分が良くなると、状況はそんなに悪くはないものです。今、治療はすべて終わってしまったことですし、傷痕のことなんて気にならないんですよ