投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

家族がどのように協力的だったか、乳がんに関する情報を探すのを助けてくれたか語っている

友達の中には,私に起こった現実を受け入れることができず,いろいろ相談しようと尋ねる前に,私から離れていってしまいました.それはとても悲しく,屈辱的な出来事でした.しかし,息子や家族はとても親切でした.義理の娘(息子の嫁)は2冊の素晴らしい本を買って私にプレゼントしてくれたのですが,それらの本は実に役にたつ本でした.息子はインターネットの使い方を分かりやすく説明してくれました.PCを持っていなかった生活から一転,乳がん発症という出来事を機にインターネットを使えるようになりました。また,彼は私をインターネットカフェに連れて行って、ビデオの閲覧できるサイトを見せてくれました。私は術中放射線治療について言われていたので、そのことを調べてみたかったのですけど、沢山の情報がありましたし、「タモキシフェン」についても大量の情報が載っていて、知りたいことは何でも見つけることができました。

英国人の乳がんの語り

家族が大きな支えの源であり、父親との関係がより親密になった

 そうですね、私が乗り越えられたのも、私の家族がとてもすばらしく、すばらしい仲間だったからだと思います。母とはずっと仲が良く、父とだってもちろん仲は良かったですが、突然、いつも両親と一緒にいるようになったんです。それで、私はまた子どもに戻ったみたいに、家族に100パーセント頼り切った状態でした。特に一番具合が悪かった何週間かは。
 そう、10代の頃は、何だっていつも友達の所へ飛んで行ってました。それが突然、いつも家にいるようになって、家族が傍にいてくれることに本当に感謝する気持ちが生まれました。夜に家族と一緒に座ってテレビを観たりなんて、今まで全くやらなかった事です。でもそういった事が本当に楽しかったし、今では両親と一緒にいることが大好きになりました。
 昼や晩にテーブルを囲んで話したりすることを本当に幸せに感じます。それに父と一緒に外出するのは本当に楽しい。今までそんなの一度もした事なかったんですが、本当に楽しかったですよ。

英国人の乳がんの語り

病気のあいだ、娘がどれだけ支えてくれたか説明している

私が癌である話をすると、娘は非常によく受けとめて、「きっとよくなるわよ」と言ってくれました。私は彼女から闘う勇気をもらいました。ええ、彼女は本当によくやってくれました。彼女は大きく成長しました。学校へ行く日は朝早く起きます。私はベッドで眠りながら、彼女が学校へ行く支度をしているな、と思っていればよいのです。彼女は起きて入浴し、戻ってきて私のために朝食を作り、ベッドまで運んでくれます。それに、私が洗濯をしなければならないときにも、彼女はそばにいて、私と一緒に何もかもやってくれるのです。ある日、寝ていた私が目を覚ますと、彼女がマッシュポテトと何種類もの野菜とソースを準備してくれていました。私は驚きました。だって、それまで彼女はそんなことをしなかったのですから。彼女は早起きなので、私が起きる前に家の掃除をしたり、本当に驚かされました。

英国人の乳がんの語り

治療への失望からサポートグループを始めようという気になった

もちろん、このような癌の体験を通じて、この国の国民医療サービスには失望しました。この制度にはがっかりさせられましたし、乞食同然におとしめられただけでなく、人生さえ破壊されてしまったようなものです。私はゼロからやり直さなければなりません。私は自分と同じような人々を助けるため、癌のサポートグループを始めようと思いました。
私と同じようなことが起こったときに彼らが闘う手助けをしたり、癌を克服した先に人生が続いていることに気付かせてあげたり、癌について率直に語り合える場を提供したり、痛みへの対処法を知ってもらったり、家族がうまくやっていくのを助けたり。通院の手助けをすることもできるかもしれません。それだけでなく、彼らに「私も同じでした。私も癌と診断されて、同じ経験をしてきました」と話せば、彼らは本気で耳を傾け、頼りにしてくれるでしょう。自分が実感していることですが、医師に相談するよりも効果的です。患者は医師よりも、仲間の患者を信頼するものです。

英国人の乳がんの語り

サポートグループに参加することの長所と短所について説明している

私たちはおびえ、高揚した気分、落ち込み、情報収集などを分かち合うことができます。誰かのためになることはないかとお互いに注意し合っています。
本当に多くの人が自分たちで集めた情報用のフォルダーを持っていて、書籍などあらゆる物を交換しています。楽しい時間を過ごし、よく笑います。今や私にとってとても大切な女性達が沢山いますよ。
最近、その内の一人を亡くしました。勿論これが病気の現実です。今後も親しい人を亡くすでしょう。私たちはみな同じ気持ちで、彼女が亡くなって淋しく思っています。私は彼女の為に祈ります。これが今できる精一杯のことだから。でも彼女が生きていた時にも最善を尽くしましたし、亡くなったのが私たちではないことは分かっています。これが現実で今後とも起きることでしょう。これがこの病気の特徴なのです。

英国人の乳がんの語り

書類の作成や経済的不安に関してサポートグループから得られた支援について述べている

がんと診断されてから入院している期間中に支払われる給料は、それまで長年働いたというのでなければ、通常の約3ヶ月分でしょうか。もしかしたら、通常の半分の額で数週間から数ヶ月分くらいかもしれません。それと、誰か色々と手伝ってくれる人も必要です。私の場合、キャンサー・ブラック・ケアというサポートグループに本当によくしてもらいました。私に代わって書類を作成したり、電話もかけてくれました。そうやってきちんとサポートしてくれたのです。
問題や心配事を抱えているのは、治療を進めていく上でよくありません。今月の支払いをどうしようとか、子どもたちにちゃんとご飯をたべさせてあげられるかしらとか、どうやってやっていけばいいのか等と心配していては、何もよくならないのです。先程お話したサポートグループのメンバーが私の代わりに色々な書類を書いてくれました。本当にできる限りのことをしてくれたのです。

英国人の乳がんの語り

自分が運営する、乳がんになった若い女性向けのサポートグループについて話している

その団体はThe Young Onesという団体で、レイチェル・ファロンによって2000年10月に設立されました。悲しいことに彼女は炎症性乳がんが再発して亡くなってしまいました。
月1回会合があり、お茶を飲んでおしゃべりをします。ときどき講演会や催しを開いたりします。団体の運営資金をまかなうために、寄付金を集めたりもします。催しは、資金調達のためだけでなく、私たちのような支援団体があることを知ってもらうためでもあります。地域には、私たちと一緒に活動している別の乳がん女性支援グループもあります。
この団体には、家族や友達や子供を連れてきても良いんです。じっさい時々メンバーの友人がきます。おなじくらいの世代、というだけでも共有できるものがあると思うんです。年代によって経験も違ってきます。話したいことがらも違ってくるでしょう。私自身が語ったように、結婚生活にどう影響するかとか、子供への影響はどうか、などです。

英国人の乳がんの語り

自助グループを立ち上げることやその有用性について説明している

(乳がん患者が)感情面でどんなことを必要としているかについては、ほとんど認識されていなかったのです。物事を共有し、語り合うことの必要性についてはほとんど知られていませんでした。私は、皆としゃべったり、他の患者さんの言葉に耳を傾けることが好きでしたが、当時(28年も昔のことです)、それはとても難しいことでした。でも、私が言っているように、それが当時の状況だったのです。あの頃は、ちょっとした反対もあったようですが、でも、それにもかかわらず、私たちはコベントリーにこのグループを立ち上げたのです。まもなく、それは互いを助け合う自助グループになりました。学生さんたちが、立ち上げのための困難な仕事を全部やってくれ、最初の設立会議も準備してくれました。その後は、私たち患者が自分らの力でこれを継続できることを知ったのです。彼らはみな、もし彼らに誰かそれを共有した人、理解してくれる誰かがいれば、乳がんを患ったトラウマ、それはほとんど乳房切除のことですが、そのようなトラウマからとりわけ感情的に回復するだろうと感じていました。そしてその誰かというのは、感情的に深いつながりを持つ家族ではなく、それ以外の人という意味です

英国人の乳がんの語り

自助グループへの参加は、彼女の病気に対する気持ちが、他の多くの女性たちにも共通するものであることを知る機会を与えてくれた

実際に私達が行なったことといえば、輪になって座って、各自の経験を順番に話していくことでした。そうすると参加している皆さんに何が起こっているか理解できます。様々な人々の中に沢山の出来事が起こり、しかも、それらがまた、私達の全てに起きていたことを知って、本当に驚嘆させられました。
ありとあらゆる感情を私達は経験しました――失望感、それに自分が不潔に感じたりもします。とても馬鹿げた感情も存在します。あと知恵として分かる事ですが、これらの感情は辛い経験を通して湧き上がってきているのです。但しその事についてあなたが誰かと語りあったりわかりあえたりすることで気分が晴れたと思います。随分気が楽になっただろうと思います。特に理由もなく憂鬱な気分になることもありましたから。だから
もしあなたが誰かと語り合えたとすると、その行為がとにかく良いことなのだと、伝えたいわ。

英国人の乳がんの語り

がんに関する他の女性の語りは自分の支えにはならなかった

サポートグループへの参加が必要だと感じたことはありませんでした。グループは地元に1つあるはずです。けれども、私は必要な情報をすべて得ることができました。インターネットで検索できますし、医学図書館にもアクセスできます。ですから、情報を得るために手助けが必要だとは感じませんでした。また、私は職場でも家庭でも十分なサポートを受けていました。グループに参加する必要性は全くありませんでした。
でも、ある意味で、サポートが役に立ったかどうか分かりません。なぜなら、私は癌であることをくよくよ考えたくなかったからです。癌であることは私の人生の一部として以前と同じような生活を続けたかったのです。ですから、私は癌が生活の重要な部分を占めてしまうことを望みませんでした。癌を私の人生の一側面だけにとどめ、人生の特別に大きな部分だとは考えないようにしました。