投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

70歳まで生きて、がんになったことは悲劇ではなく、ちょっとした不都合に過ぎないと考えている

医師に「残念ながら、あなたはがんです」と言われたときは、「うわっ」と思いました。がんだから、というわけではありませんでした。がんより大変な病気もありますから、この世で最悪の診断結果だとは思いませんでした。パーキンソン病や、脳卒中や、多発性硬化症ではなくてよかったと思いました。70歳でがんというのは、それほどひどいことではありません。進行は遅いですし、治療も難しくはありません。がんだと告げられたときは、正直なところ「面倒なことになったな」と思いました。多少は厄介なことですから。でも、落ち込むことはありませんでした。この病気によってすぐに死ぬことはないとわかっていましたし、がんの告知が死刑宣告だとも思っていません。それは根拠のない話です。私はがんを上手く克服し、その後も元気に過ごしている人たちをたくさん知っています。

英国人の乳がんの語り

診断結果は予想していたとおりで、病気をそれほど深刻な問題とは受け止めなかった

私は驚きませんでした。外科医の先生に言ったんですよ。「きっとそう言われると思っていました。さて、これからどうしましょう?」って。その時点で私は、ガンがどれほど深刻なものなのか、実は理解していなかったんだと思います。近親者にガンを患った人もいなかったし、誰でもそうでしょ。
でも、治療を受けていくにつれ、いろいろ分かってきます。それでも、私は決して泣きませんでした。感情抜きで淡々と受け止めて、そのことを考えるようにしたの。ちょうどこんな風に考えたんです、「そう、ガンになったのよ、急いでやりましょう。これを解決して、これからの12カ月でけりをつけて、それから自分の生活に戻りましょう」という風にね。
ぐずぐずせずにやらなければ。選択の余地なんてない。起きてしまったことよ。それが何故なのかなんて誰も答えられないのだから、尋ねても仕方がない。とにかく乗り切って何とかやっていかなきゃいけないんです。

英国人の乳がんの語り

診断を受けたときにショックは感じなかったが、誰か知っている人と話したかった

家に帰ってみんなに電話したわ。話したかったの。ただみんなに知ってほしかったの。なぜだか分からないけど、「ああ、なんてかわいそうな私。」とかそういう感情は全くなかったわ。ただ、みんなに知ってほしかったの。それにその時が、周りの人たちみんなの感情と対処しなければならない時だったのよ。多分、一度みんなに言ってしまえば、現実に自分と向き合える、自分自身でガンに対処していくスタートを切れるのだと思ったからでしょう。もし、その後の6週間、周りの人たちの感情と向き合わなければならなかったとしたら、もっと大変だったでしょうね。本について言えば、乳がん病棟の女性たちが乳がん体験についての本を出版しているのよ。ある人がそのコピーを貸してくれたので、読み始めたのだけれど、全く共感できなかったの。そこに書いている女性たちは、皆こぞって「ショック」だったとか「恐怖」だったとか言っていたから。読み終わって、私って普通じゃないのかしらと思ったわ。そういった「ショック」とか「恐怖」とかいう感情はなかったの。絶望だとか打ちのめされたとか思ったことは全くないのよ。これは事実だってことは分かっていたけれど、ただ多くの人が予期するような、「ショック」や「恐怖」といった感情を抱かなかったの。

英国人の乳がんの語り

(インド出身の女性)自分の感情のスイッチを切って、信仰に頼った

何も感じませんでした。本当に何も感じませんでした。ただ全てを神の手に委ねました。苦しみを与え、それを取り除くことができるのは唯一神だけなのです。ですから、今現在もこのことをモットーに生き続けています。どのような状況でも神の定めた運命は変えられない、というのが私の信条なのです。心配したって仕方がない。ただ神を信じること。それで十分なのです。

英国人の乳がんの語り

診断される前の自分には絶対に戻れないということがはっきりするにつれて、次第にうつ的になっていった

がんとわかった時、最初は大丈夫だった、と思う。他の人たちに対して、とても、本当に、ポジティブでいられた。他の人たちは、私が死ぬって思っていたから。わかるでしょう?そしてがんになったことを、夫は彼のお母さんを肝臓がんで亡くしたのだけど、私はこのように言っていた。「私は本当にラッキーだわ」「私は大丈夫よ」「とても早いうちに見つけたの」なんて、いろいろ言っていたの。そうしてそれからよ、2ヶ月ほど前だったかしら、私は大丈夫じゃないことに気づいたの。そう、私は今、抗うつ薬を飲んでいるの。本当に、どうしようもなく、うつ状態に陥ってしまったの。まったく元気がなくなって、イライラして、眠れなかった。
それから私は夫と話すことをやめてしまった。何をするのもすべてがとても骨の折れることになってしまったの。私は、どんな病気も寄せ付けたことがない人間で、病気なんてまったくかかったこともなかったのに。それが、自分の死と真正面から向き合うことになるなんて、おそろしいことよ。生きることに対する感じ方も変ってしまったわ、片時もガンを忘れることができないんだもの。毎朝、私はこの薬を飲まなくちゃいけないの。すべてがなくなって、まるで何事もなかったように振舞えればいいのだけど、でも、実際には起こっているのよね。だから、本当に自分ができる精一杯のやりかたで向き合って行かなくちゃいけないの。

英国人の乳がんの語り

疎外感と未来がもたらすものに対する恐怖について語っている

問題は、がんを抱えることで、とても孤独になるってこと。一日の終わりの時にどうしてもそのことを考えてしまう。
それはまた自分がいつか確実に死ぬという現実と向きあわされるってこと。
初めて自分がガンだって聞かされたとき遅かれ早かれ自分は死ぬんだって思う。
自分をそんな風に思ったのは自分でも驚きだけど
もしも治る見込みがあるのならずっと気が楽になるんだけど、死に対する恐怖はそれを覆す問題なのよ。それとこの先どうなるかわからない恐怖、これからしなければならないことへの恐れ、どんなに苦しまなければならないか体調を崩すか、などの恐れね。そんな考えを頭から取り去れれば かなり楽な気持ちで向き合えるかもしれないけど。

英国人の乳がんの語り

病気についてどのように話したらいいのかわからなくて、自分を避ける人たちがいた

そうね、私ががんだってことに対して、まわりの人たちの反応は、「マー、嫌ねー」だったのよ。みんなは、そう世間一般のほとんどの人たちは、その言葉、つまりがんという言葉を話に出すのが嫌なのよ。まあ、私の担当医もそうだったのよ。それに、私を避ける人たちがいることを時々感じるようになったわ、その人たちは私に何と話しかければいいのか分からなかったんじゃないかしら。私を避ける人たちがいるってこと考えるのは、本当に耐え難かった。
私のことを避けることなく接してくれた人たちもいたんだけど、そうでない人たちもいたの。でも、だからといって私を援助するのは嫌だというわけではなかった、何て話しかければいいのか分からなかっただけなの。ただ私に話しかけるのを避けただけなの。だから私を避けたの、難しい問題だったわ。このことは若い人であれば、さらに難しいと思うわ。世間の人たちのがんに対する態度のせいで、もっと心が傷つくわよ。

英国人の乳がんの語り

自分が受けた診断についてあまり人に話さなかった

私はほんとに淡々としていたと思います。そのときは衝撃らしいものもなかった。それが悪性腫瘍で治療が必要だと告げられたときも、泣きもしなかったと思います。
それから家に帰らなければならなくなって、落ち込みはじめました。心配になってきたのかもしれません。夫に話さなければならなかったのですけど、非常に詳しくは話しませんでした。手術のずっとあとになって夫が癌だったのかと尋ねたくらいですから。
夫を心配させまいとしたのだと思います。あまり多くの人には話さないのが私の流儀でした。だから私が乳癌だったと知ってみんなは驚いたんです。
いつもそうでしたね、自分が病気だとかなんて、他人に知られたくなかったんです。知られたら、皆変わってしまうでしょうから。皆に話さないおかげで、過敏になったり、親切を受けたりすることもないのですけど、でも「乳癌になって可哀そうね」なんて言われるよりは、「元気そうで嬉しいわ」って言われるほうがいいんです。

英国人の乳がんの語り

子どもたちの成長を見届けられないことに対する感情と不安を抑え込んでいた

毎日ずっと、ただぼうっとしていました。あの頃は、ふさぎ込んで誰にも自分の気持ちを話しませんでした。私は頑張っていましたし、周囲の人たちも私が何とかその状況を乗り切ろうとしていると思っていました。でも、それはうわべだけのことで、心の中では苦しんでいたんです。夜、床についても、子供が成長した姿は見られないのだろうなと思いながら眠れませんでした。娘は1981年に生まれて、私にしこりが見つかった時は離乳をしていた1才くらいのころでしたから。そして、その頃、息子は2年と6ヶ月で、手術を受けたのは3歳になる頃でした。
すべてを封じ込めてしまったって言いましたけど、自分の感情までも押さえ込んでいたのです。誰にも助けをもとめませんでしたし、どんなに自分が混乱しているかも話しませんでした。主人にさえ話しませんでした。夜は眠れないまま横になっていました。
母親を思い出せないくらいの幼い年で、子供達が母親を失うのだという思いにおびえていました。私は子供のときに片親をなくす経験をしたので、自分の子供たちには同じ思いをさせたくなかったのです。

英国人の乳がんの語り

不信感、喪失感、徐々に診断を受け入れていったことについて語っている

私はそろそろ74歳になろうとしています。何ごとも終わってみれば賢くなるものです。2週間前だったら(診断を受けた当初)、どう感じたかを説明してほしいと言われても、答えられなかったでしょうね。もっとよく分かっているべきだったと、自分に怒りを感じています。2週間前を思い返してみると、家族と死別したあとのような感じに似てますね。いつも通りの日々を送りながら、それでいて全てが違ってみえるように。
ほんとうに、自分自身に腹をたてていました。それから次の段階では“こんなこと信じられない”と思うようになりました。毎日のふだんの行為に没頭すれば、きっとどうにかしてガンは消えてしまうと思ったんです。
さらに馬鹿げたことですけど、自分で手を(乳房に触れて)消えたかもねと考えてもいました。実際は無くなっていないとわかっているのですけれどそうしてしまうのですね。今は、何が起こっているかを正しく認識する段階に入って、落ち着きました。これがようやく最初の段階だと分かっています。非常に沢山の人たちがこの病気にかかっているけれども、自分ではどうしようもないことなのだってよく分かっています。でも、私の病気のためにやれることは何でもやると確信しており、そう思うことで、ほんとに気持ちが落ち着くのです。