投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

何が原因で乳がんになるのかわからないが、若い人でも乳がんになることを知って、娘には早い時期から検診を受けさせようかなと思っている

どんな体質だったら乳がんになりやすいか。早い時期には、例えば高学歴でとか、あのー、乳製品をよく食べている人に多いとか、外国では高学歴な、教員であるとか、保育士さんであるとか、看護師さんであるとかに多い病気だっていうふうに…、ほれが合っているのか間違っているのか分からないんですけど、聞いたこともあるんです。でも、そう、そうとばっかりではないような気もしますし、何が原因なんかっていうのはこう…、私が調べて分かる範囲の話でもないですので、娘のことを心配もしながらも、その辺は何にも考えてない(笑)。心配だけして、何もこう建設的には考えていってないっていうのが実情なんですけど。
ただ、あのー…、結婚してなくても、早い時期から検査だけは、この子は受けさせとかなんだらいかんかなっていうふうには思ってます。っていうのは、一番最初の私の入院のときに、同室に、20代、二十歳になったばっかりの大学生のお嬢さんがやはり乳がんで入院してました。ああ、こんな若い人でもなるんだっていうんが、私にも、自分のこと以上にショックだったのもありますので、娘にはひょっとしたら10代の終わりから、マンモグラフィーぐらいは受けさそうかなっていうようなんはどっかに思ってます。

乳がんの語り

娘の授乳中にしこりに気づいた。お乳が詰まっていると思ったが、断乳してもしこりが続くので、義母に相談したところ、それはおかしいと受診を勧められた

で、あのー、娘ができて、最初、ほのー、息子のときもそうだったっていうことも、もう丸っきり忘れていたんですが、うーんと…、娘がお誕生日も近いし、もうあと1~2ヶ月で職場も復帰しなければいけないからっていうころ、まあ、10ヶ月を過ぎていたころだと思うんですけど、そのころから、あのー、右のお乳は出にくいな、もうはっきりと、吸うても吸うても出よらんなっていうことが気になるようになりました。で、こう、触っていくと、何かぽつんとあるような気はするんですが、それがどっかお乳の乳腺が詰まって、そこにお乳がたまっている、しこりができていると私は勝手に思っていました。で、娘もそうやって出にくいのは分かっていても、右のほうばっかり好んで吸うので、左のほうを吸わせると、お乳にむせて吸いにくいっていうようなことがありまして、もう右ばっかり吸うので、まあ、詰まり…、詰まってはいても、娘にとってはこっちがいいんだろうっていうことで。娘が好むから気にならないっていうような状況がありました。
で、もう8月ぐらい、9月のお誕生日の子ですから、8月ぐらいにもうお乳をやるのを極力控えよう、夜だけにしようと思ってしていくと、左のあの溢れるようなお乳が自然に止まってくるの…、くるんです。出にくくなってきていたんです。で、夜だけはもう、あのー、お乳を作って飲ませるのが面倒かったので、あのー、飲みたいと言うてきたら、そのままお乳を吸わすっていうようなことをしていましたが、右のほうのあのぽつんと詰まったような、柵ができたようなところがいつまでもあります。で、ちょっと気になって家族に話すと、「それ、ちょっとやっぱりおかしいんでないか」と。「ほれ、乳腺が詰まってるったって、いつまでも」、おばあちゃんも「それはおかしいんでないかな」って。「詰まっても、あのー、断乳していると自然になくなっていくもんやし、そんなんがあるっておかしいよ」って言われて、「病院、1回行ったら?」と言われたんやけど、あんまり、私自身はそう深刻に受け止めてなくて。で、乳がんっていうほうに知識もあんまりなかったので。
というのも、子ども2人母乳で育ててたら、絶対そんなん(乳がん)はないと思い込んでいたところがあって。うん。でも、あんまりおかしい。完全に断乳してしまって、職場復帰も果たして、娘のお誕生日も過ぎたのに、まだある。おかしいなと思って、娘の健診と一緒に産婦人科の先生に相談したように覚えています。

乳がんの語り

職場の上司に病気を伝えると、戦力にならないと言われてしまった。職場異動となり、人間関係に悩んでうつ状態となって、結局退職することにした(音声のみ)

精神的な面では、えー、その、私の職、ま、仕事を当時していたんですが、職場での上司がかなりワンマンな方で、私が病気になって「入院して手術します」っていうふうに、その上司に打ち明けたら、「戦力にならないな」っていうの一言言われて、それで「もう、いい、仕事しなくていいから」っていう、何かありがたいんだかありがたくないんだか。それで、あの、「家の近くに職場移してあげるから」っていう、いう形で、「もうおまえなんか必要ない」っていう言われ方をしちゃったのもありまして。それと、その術後のその治療の副作用とかもあったりして。で、その、年度が替わるところで、職場を実際に移されてしまって。で、その移った先で、まあ、あの、思った感じと違って、かなりいろいろ複雑な人間関係なとこだったので、1年ぐらいで、ちょっとうつ状態になってしまいまして。それで、職場は、まあ、出られなくなっちったんで、あの、ちょっと引きこもりぎみになってしまいまして、お休みをしてまして、で、結局、退職してしまいました。辞めてしまいました、仕事は。
その、「戦力にならないな」っていう吐き捨てるように言われたのがすごく嫌だったのと、それから、職場異動させられて、異動した先で、あの、ちょっと人間関係が駄目になって、で、通えなくなって、あの、休んじゃったんですけど。そこで、その上司が入れ替わって、替わった、新しく替わった上司の人に、面談したことがあったんですけどね。その人に、ま、病気のことを説明したら、言われたことが「乳房(ちぶさ)切り取っちゃったんですか」って言われて、それで、もうショックで。結局、それで、私、1ヶ月ぐらい眠れなくなっちゃったんですけれど。で、あの、精神科に通うようになっちゃったんですけど。そんな言葉を…あれは、一番ショックでしたね。

乳がんの語り

タキソテールで手足の指やかかとが赤く腫れあがって、触るとぴりっと痛いのが1-2日続き、そのうち白くなり、因幡の白ウサギのように皮が剥けた(音声のみ)

一番最初のときだけが、その入院、一晩お泊りして、で、抗がん剤治療やったんですが、残りは全部外来で行ないました。で、外来でそのCEF(*)っていうのを、残り3回、合計4回を3週間ごとに、行ないまして。で、その、そこまでは、そんなにきつくなかったです。で、吐き気もそんなでもなかったし。ただ、回数を重ねるごとに、ちょっとだるいなっていうのはあったんですが、でも、そんなに体がきついっていうふうに思ったりはしていなかったです。で、仕事もそのころには、あの、復帰していましたし、大体、手術して4週間ぐらいお休みしていたんですが、そのあと、仕事も復帰していましたし、で、抗がん剤は、木曜日にお休み、木、金と(仕事の)お休み取って、木曜日に抗がん剤を受けて、金、土、日と家で寝ていて、月曜日から仕事っていうので、別に問題なく、あの、できていました。
で、その最初の4回のCEFっていうお薬のあとに、今度は薬を替えて、タキソテールというのが始まったんですが。今度は、そのタキソテールっていうのが、人によっては、そっちのほうが軽いっていう方もいるんですけれど。私は、タキソテールの副作用がひどくって、で、タキソテールをやっている間に、えー、手の親指から、人指し指にかけて、あの、まっ赤に腫れあがって、それから、足のかかともまっ赤に腫れあがって。で、さわるとぴりっと痛い…っていうのが1日2日続いて。で、そのあとまっ白くなって、で、あの、触っても何とも感じなくなって。で、それから、皮が剥けて、で、因幡の白うさぎのように、触ると何か、あの、新しい皮膚になっていて、じりじりするっていうようなのを、4回の抗がん剤治療のうち3回繰り返しました。その、腫れあがって皮が剥けてっていうのを3回繰り返して。あと、体がむくんだりとかそういう、あの、症状が…は、そのタキソテールのほうで私の場合はひどかったんですが、ただ、これも、あの、個人差があるみたいなんで、あの、CEFのほうがひど、きつくって、タキソテールのほうが楽だったっていう方もいれば、私のように逆の人もいればで、もう、ほんとにそれはもう個人個人全然違うなっていうのは思いました。

*CEFとは抗がん剤の多剤併用療法で、エンドキサンの一般名シクロホスファミド(C)とファルモルビシンの一般名塩酸エピルビシン(E)と5-FUの一般名フルオロウラシル(F)の頭文字をとった略称です。

乳がんの語り

広背筋皮弁法による同時再建術と乳頭・乳輪形成術を受けた。乳頭・乳輪に色を入れる染料と針、入れ墨を入れる手術代金以外のすべてに健康保険が利いた(音声のみ)

個室の費用を抜いた純粋なその手術の費用って、多分20数万円ぐらいじゃなかったかなと思います。で、そうすると、あの、普通の、ただのその全摘の手術、大体2~3時間ぐらいで終わるらしいんですが、その手術と比べるとあんまり金額変わらずに9時間の、あの、同時再建、9時間かかりましたけれど、人件費も相当かかっているだろうなと思うんですが。それも、含めても、全摘の手術と同時再建含めた手術と金額はほとんど変わらないんじゃないかなという気がしています。
自己組織、自分の体の組織を取っての手術だと、保険が利くので、そんなに費用はかからなくて済みます(*)。それから、そのあとに受けた、えー、乳頭形成術も、外来手術も可能だって言われたんですが、その手術したあとに、混んだ電車に乗って、家に帰ったり、また通ったりっていうの嫌だったので、確か5日間位入院、泊めてもらったという感じでだったんですが。で、その手術のときで、それも保険適応でした。あの、自分の皮膚組織の中で、やりくりして、乳頭形成したので、それも保険適応で5日間ぐらいで、いくらぐらいだったかな、10万ぐらいだったかな。でも、保険の範囲で、あの、手術できました。
ただ、私の場合、保険が利かなかったのは色をつける。乳頭乳輪で色をつける入れ墨、それは、あの、保険きかないので自費でやりました。で、そのときに、個人輸入した、えーと、染料、色とそれから針が3万円ぐらいだったかな。確か3万円ぐらい、あの、ドルだてだったんですけど3万円ぐらいの金額の、でした。それに、そのとき、その入れ墨の手術自体は、保険適応きかないので自費になります。で、それが、1回、1万5千円ぐらいだったかな。で、それを2回やりましたので間をあけて。それなので、えーと、その個人輸入した染料と針が3万円に、1万5千円の手術費が2回分で3万円、6万円ぐらいは自由診療のような形で、あの、支払ったんですけれど。そんなものですね。

*2013年7月より自己組織を使った場合に限らず、シリコン製のインプラントを入れる二期的再建手術の場合でも健康保険が利くようになりました。ただし保険適用対象となるには、認定医療機関であることやインプラント等の種類に制限があります。

乳がんの語り

広背筋皮弁法で再建した。触ると腰の後ろ側が少しえぐれているような気がする。多少、体の左右のバランスが悪かったり、背中の傷がひきつれた感じもある(音声のみ)

私の場合は、(体の)左右のバランスが何か悪くなった感じします。で、背中に傷があって、で、左側の、腰の後ろ側の部分なんですけど、うーん、触った感じではちょっとえぐれているような気がしないでもないです。で、傷あとも背中にちょっと長めに残っていますし、で、まあ、手術直後は、座っているのが大変だったんですが。まあ、それでも、だんだん慣れてきて、えー、今普通にしていますけれど。ただ、体のバランスは、どうしても、その左右のバランスは、何かちょっと悪いかなっていうのと。それから、その傷あとで引きつれた感じみたいなのは、どうしても、いつも、ずうっと残ってはいます。ですから、背中、自分の背中を傷つけているので、まあ、仕方ないんですけれど。でも、まあ…、周りの筋肉を鍛えればいいとかっていう、その筋肉って取ったら、なくなっても、ほかの周りの筋肉が、あの、補うとかっていうのを聞いたので、できるだけ、そのストレッチとかして、で、周りの筋肉を少し、あの、鍛えな、鍛えたいなっていう目…目標であってなかなかできないんですけれど(笑)。ただ、あの、ストレッチとか何かしたりしていきたいなっていうのは思っています。
それと、あと、あの、背中の筋肉を胸に持ってくると、その筋肉の使い方が変わるので、あの、何年か経つと縮むっていうのを何かで見たことがありまして。で、ちょっとそれが恐怖で、せっかくその背中に傷あとまで作って、大きな傷あとで、バランスが悪くなったりとか、何か変な違和感とかがあるんですけど。そういうことまでして作った胸が、縮んだら困るっていうのが、すごくあって(笑)。それで、少し筋肉鍛えなきゃ、ストレッチしなきゃっていうのは、頭の中からは消えないんですが。ですので、ちょっとその、えー、縮まないようにしなきゃっていうのはあります。

乳がんの語り

乳頭形成術を受けて、3ヶ月してから、入れ墨で乳頭・乳輪に色を付けた。個人輸入の形で染料と針をアメリカから取り寄せた(音声のみ)

で、そのあと、3ケ月ぐらいしてから、入れ墨で乳頭乳輪に色を付けました。で、入れ墨なんですけれども、私の場合は、その医師、主治医から用紙を渡されまして、「アメリカから輸入してください」って言って、色合わせはその病院で、えー、主治医とこの色がいいとかあの色がいいとか、あ、この辺の色だったらいいんじゃないかっていうふうに色合わせをしたら、それを…のもとに、そのファックスの用のその申し込み書みたいなものを主治医が作ってくれまして。で、それで、アメリカにある何か会社商社にファックスで国際電話のファックスで注文をして、で、クレジットカードで引き落としということで、自分で個人輸入の形で、入れ墨の染料とそれから入れ墨用の針を取り寄せました。
で、予約した日にそれを持って、外来手術という形で主治医に、のところに持っていったら、そこで、その入れ墨をやったんですが、そのときには、その外来手術室で局所麻酔をしただけなので、もう、あの、痛みはないんですが、やっていることは全部わかりました。で、えー、あるメーカーの電動式の歯ブラシ、電動歯ブラシの歯ブラシだけ抜いた土台のところに、その取り寄せたアメリカから取り寄せた針を刺して、で、それを、染料をつけながら、がりがりがり、がりがりがりっていうふうな形で、えー、乳頭、乳輪の部分に色を付けていって。で、それまでは、真っ白けだったんですけれど、その乳頭、え、その染料で入れ墨をして、で、何となく色が付いたっていうのを、少し時間が経つと薄くなるので、2ヶ月、2ヶ月だったか3ヶ月だったか間を開けて、えー、結局2回入れ墨をして、で、今はそれで落ち着いています。で、ちょっともう、それから、時間が経っているんで、色が少し、もうちょっと薄くなってる気がするんですが、とりあえずそんな形で、あの、胸は、もうすでに完成しています。

乳がんの語り

同時再建術の1年後に乳頭形成術を受けた。いろいろな選択肢がある中、これ以上、別の場所を傷つけて痛いのが嫌で、今ある皮膚を縫い縮めて乳頭を作った(音声のみ)

それから、あの、その胸の再建のことなんですけれども。同時再建ということで、一番最初の手術のときに、背中の筋肉を取って、それから脂肪も腰の辺の脂肪も取って、胸を、皮膚だけそのままで中身だけ入れ替わったという形で胸を再建したんですが。私の場合は、その、乳頭、乳輪の部分は取ってしまっていたので、そこには、代わりに背中の皮膚がまあるくべろんと乗っかっていた状態だったのを1年経ったところで、えー、乳頭形成術というのを受けました。
で、その乳頭、乳輪を作るっていうので、いろいろなその選択肢があるんですが、自分の体のどっかの部分から持ってくるとか、反対側から持ってくるとか、いろいろあるんですが、私の場合は、もう痛いのは嫌だっていうことで、痛くない方法でやっていただきました。で、痛くない方法というのは、えー、胸の上にべろんと乗っかっているその背中の皮膚を、切れ目を入れて、何か縫い縮めて、作りあげちゃうというものです。で、その場の皮膚をやりくりして、で、何か作ってしまうということで、ほかに別に傷をつけないので、痛くはないんですが、唯、一つ欠点は、形が、あの、その皮膚がべろんと乗っかっていた何もない状態のときは、きれいな、えー、半円形を描いていたんですけれども、それが、あの、そこだけで作ってしまったので、ちょっと形が、円の上に何か、一番上をちょっと平らにおしつぶしたような感じに、ちょっと自分では感じています。ただ、痛くないので、まあいいやっていう感じです。で、もっとその形にこだわるんであれば、反対側から半分持ってくるとか、それから、体の下のほうから持ってくるとかっていう、あの、方法もあるそうなんですが、私の場合は、そういう形での、乳頭形成を受けて、それから、それがちょうどその術後1年経過後ですね。

乳がんの語り

広背筋皮弁法による再建術のあと、ウエスト辺りに痺れるような違和感を感じた。最初は椅子に座れず、腰回りの筋肉をいろいろ使っていることに改めて気づいた(音声のみ)

で、まあ、2~3日ぐらい、えーと、自分で歩いてトイレに行けるようになったのが、手術の次の次(の日)ぐらいだったと思うんですけれども。えー、その背中の筋肉、広背筋って言っても、私の場合、その背中、上のほうではなくて、だいぶ、その腰の近くまで、脂肪を取ったみたいだったので、まず、感じたのが、左側のウエストの後ろの辺が何か痺れるようなじんじん痛いような違和感がずうっとしていまして。で、そこの辺が変だったのと。それから、座ることが最初できませんでした。で、あの、そのときに、すごく感じたのは、椅子に座るっていうことは、すごい、腰周りの筋肉をいろいろ使っているんだなって。それで、座ることができるんだなっていうのを、そのとき初めて知って。座るっていうことが、こんなに大変なことなんだっていうのは、その手術の数日後にものすごく感じたことです。

乳がんの語り

広背筋皮弁法で同時再建したので、手術時間は9時間かかった。乳頭、乳輪はなかったが、上から見た左胸の感じは前とそんなに変わらなかった(音声のみ)

で、私はその同時再建を、背中の筋肉、広背筋という背中の筋肉を前に持ってきて、で、再建するという形の同時再建を行なっています。広背筋皮弁という形での、再建を行ないました。で、えーと、その日は、その9時間ぐらいかかって、で、とにかく、左胸を、皮膚はそのまま残したまんまですので、えー、上から、ま、ぱっと見たぶんには、皮膚は、元通り、そのまんまなので、全然分からないぐらいの感じで、で、その、傷あとも脇に近い、胸の横側に縦に、まあ、10センチぐらいの、跡が、一応は、もう、だいぶ薄くなっているんですが、一応、縦に…横に切れ目を入れて、で、そこから、中身を、まあ、かき出して、で、背中のほうの筋肉、背中にはちょっと傷あとは、あの、少し長めに残っているんですが、背中のほうから、筋肉とそれから、えー、脂肪を、持ってきて、で、胸を作って、で、作り上げて、形を整えたっていうような手術を行いました。で、ただですね、私の場合、その中心部のほうに、(がんが)あったもんですから、乳頭を残すことができなかったので、乳頭、乳輪はなくなっちゃって、それで、その、皮膚は残っているので、上から下を見下ろしたときに、胸はそのまんま、あの、ある感じではあったんですが、ただ、左、えー、その手術をした左胸のところだけは、中心部は、背中の皮膚がぺろんと白く、まあるく白くぺろんと乗っかっている状態で、でも、それ以外は、全く、前とそんなに変わらないような感じの胸に、まあ、仕上がり、仕上がったんですけれども、まあ、そんな手術をしました。