プロフィール

インタビュー37

ニーナ
事故当時:81歳
インタビュー時:84歳
小説家です。夫はポッターズ・バーの列車衝突事故で死亡した。5子あり。ニーナの心はひどく傷ついたが、同じ遺族のための補償キャンペーンを行い、亡くなった夫を偲んで、何が起こったかを彼に伝える「親愛なるオースティンへ」という本を書いた。

詳しいプロフィールを見る

語りの内容(テキストのみ)

ご自身のお許しになられる範囲でよいのですが、事故へ至る経緯をお話し願えますでしょうか。

私たち、夫のオースティンと私は、ロンドンから、私たちの家があるロンドンから、ケンブリッジへ、パーティーに向かう途中で、ある方の80歳の誕生日で、リバークルーズをする予定でした。私たち夫婦はそのままケンブリッジに一泊して、ささやかな休日に充てるつもりでした。そして家を少し余計に早く出ました、いつもそうなものですから。結果、あわやというところで、もともと乗るつもりだった電車より前の電車に間に合いました。それが間違いだったのです。

予定より早い電車に乗ったのですか?

そうです。必要以上に早く家を出て、先ほど言いました通り、まあそうは言っても、定かではないのですが、予定していたよりも早い電車に乗り、とにかく、私たち、夫婦で、二人でとった休日だったということもあり、一等車に乗り込んで、用意した雑誌や本、それによくある旅行グッズ等も取り出していました。同じ車両の中には、私たちの他に1人乗客がいましたが、特にこの話に関係があるという訳ではありません。私たちはお互いに笑顔で、それはもう幸せを感じていました。天気のいい日でした。川への旅行にぴったりの服を着ていて、パーティー、誕生日、まあ誕生日パーティーと言えばいいのでしょうか、お祝いもあり、そしてそのまま素敵な高級ホテルに泊まる予定でしたから、もう本当にそれだけが、そのことだけが思い出されます。
手術は定期的に受けていました。手術を受け続けなければならないことも知っていました。医者は一連の手術を止めました。当初、命を救う為に左足を切断する予定だったものまで。それというのも、私にまた違う形で、みじめな思いをさせてまで、左足を切断する価値は無いと判断したからです。とにかく私は一命を取り留め、足も切断せずに済んだことには感謝しています。しかし実際に事故がどんなものだったかは解っていませんでした。ぼんやりと息子の言葉を思い出します、「私は列車事故にあって、オースティンが亡くなった」と。信じなかったと思います。そうは言っても、自分が病院の寝台に横たわっていることは分かっていて、何かが起こったのだということは察しましたが、これは何かの夢なのではないかと決め込み、自分が一体どの時点で事故を信じたのかも思い出せません。

「語ってくれてありがとう!」と思ったらこちらをクリック

あなたのひと言をどうぞ

私は: です。

(アンケート結果の扱いについては個人情報の取り扱いについてをご覧ください。)

array(1) { [0]=> object(WP_Term)#12179 (17) { ["term_id"]=> int(35) ["name"]=> string(42) "道路および鉄道事故による死亡" ["slug"]=> string(23) "road-and-railway-deaths" ["term_group"]=> int(0) ["term_taxonomy_id"]=> int(35) ["taxonomy"]=> string(8) "category" ["description"]=> string(0) "" ["parent"]=> int(34) ["count"]=> int(9) ["filter"]=> string(3) "raw" ["term_order"]=> string(1) "0" ["cat_ID"]=> int(35) ["category_count"]=> int(9) ["category_description"]=> string(0) "" ["cat_name"]=> string(42) "道路および鉄道事故による死亡" ["category_nicename"]=> string(23) "road-and-railway-deaths" ["category_parent"]=> int(34) } }
同じテーマの語りを見る