投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

化学療法を受けた経験について話している

化学療法が行われた診察室は、すてきなカーテンや家具が置かれていて、病院らしい冷たい印象を与えないよう、まるで誰かの家の居間にいるかのようにくつろげるように、快適に過ごせるように工夫されていました。いずれにしろ、最初の治療の時はあまり気持ちのいいものではありませんでした。手の甲に針を刺し、それを生理食塩水の点滴に繋ぐんですが、そこから出ているチューブの15センチくらい下に小さな接合部があって、そこから5種類の異なる薬を注入するんです。5本の大きなシリンジ(注射器)が載せられたトレイが私の横に運ばれてくると、私は座ってただ片方の腕を伸ばし、それを見ないように反対の方向を向いていました。3つが化学療法の薬で、2つが吐き気止めの薬だということでした。化学療法で気分の悪くなる人が多いからです。でも私は運がよく、吐き気は起こりませんでした。治療の間中ずっと、気分が悪くなることはありませんでした。吐き気止めの錠剤も処方されていて、最初はきちんと飲んでいたのですが、吐き気の副作用はまったくなかったので2回か3回目の治療の後で飲むのを止めました。

英国人の乳がんの語り

放射線療法後の抑うつ感について説明している

3週間位たった頃から、気分が落ち込み始めて、本当にうつ状態になったから、私は娘たちに聞いたの。「放射線治療ってうつ状態を引き起こすものなの?」。すると子どもたちが「一部の患者さんはそうなるみたいよ。カウンセラーに連絡してあげようか?」と言ってくれたので、「お願い」と言いました。それで、前に診てもらった(がん支援団体の)マクミラン財団の看護婦さんにもう一度会うことにしたの。
それで昨年の夏、ほんの短い間だけ抗うつ剤を使ってみたんだけど、もっと気分が悪くなったから捨ててしまったの。あんな薬は使わない方がましだわ。私のかかりつけの先生は「ああ、がん患者はみんな」ってずいぶん十把一絡げな言い方をするものだと思うけど-「がん患者は誰でもうつになるものですよ」って言ってたわ。たぶんそうなのでしょうね。
昨年の夏は、5月、6月を過ぎた頃、とてもうつっぽい状態だった。そういえばこんなことがあったわ。みんなで1週間ほど[○○]に行ったのだけれど、[○○]のホテルのバルコニーに座って、「どう生きてゆけばよいのか分からない」って言いながら泣いてたの。なぜ「何とかしなくちゃいけない」って思ったのかわからないけれど、そのときはそう思ってたのね。

英国人の乳がんの語り

放射線療法後の乳房の痛みにどのように対応したか、またそのためにどんなクリームを使ったか、話している

治療後は乳房が真っ赤になりました。入浴のとき胸までつかったり 石けんをつけたりすることは禁じられていますから、ただ水をかけるだけです。
六週間ほどはバスタブの中で少々不便な思いをしましたね。私は入浴の方が好きです、シャワーはただ濡れるだけだから。
入浴しているとき私は局所クリーム、医師に勧められた特殊なクリーム、を使いました。また、治療効果があるとか研究されているアロエの一種も使いました。乳房全体は真っ赤になり、でも、乳首は黒ずんでいって まるで竈で焼かれたようになったけど、最終的には皮膚表面は完全に剥けて下から新しい皮膚が出来てきました。まるで焼かれたみたいで、ちょっと驚いたけど。
でもいつもヒリヒリ痛んだわけでないのよ。不思議だけど、しょっちゅう痛んでいるわけではなかった。

英国人の乳がんの語り

放射線療法を受けた後は、思っていた以上に強い疲労感があった

1月から放射線治療を開始し、25回照射を行いました。
それは今まで経験したことのないほど衝撃的なものでした。治療はたいしたことはないんです。その辺りに沢山小さな点のような入れ墨をしました。そこにレーザーを並べるためなのですが、治療後の疲労感は凄まじいものでした。最初の3週間ほどは大変でフルタイムで仕事もしていましたから、通勤前に病院に寄って治療を受けていました。そして、時々考えます。「どうやって乗り越えたのだろう?」と。でも私には強い決意があっただけです。でも(放射線治療の)終りごろの4週目にX線技師たちが、「休暇を取らないのですか?そうした方がいいですよ。」と言いました。結局私はその言葉に押され、数週間の休暇を取りました。でも、信じられなかったのは、何もせずただ横になっているだけなのに、治療後の倦怠感がひどいのです。本当にびっくりでした。回復するのにしばらくかかりました。

英国人の乳がんの語り

自分の感情に向き合いたかったので、待合室では他の患者と話したいとは思わなかった

診療はとてももたもたしていて、長時間待たされたけれど、それは受け入れるしかなかったわ。でも中には待たされずにすぐ入って、すぐに出てこられる日もあったの。私はほかの患者さんたちとの会話には入りたくない、と思ってたの。私は自分のことで精一杯だったから、他の人の話なんか聞きたくなかった。
中には、待合室中に自分の話を聞かせたがる患者さんもいて、それは私にはきつかった。だから私はいつも(部屋を)出てコーヒーを飲んで、自販機コーナーに感謝してたわ。

英国人の乳がんの語り

放射線療法の副作用はあったが、診療科の雰囲気については心温まる思い出がある

――あなたは、放射線療法を受けて最後の方に何かひりひりする感じがあったことを話されましたね? あと、倦怠感も。ほかに副作用は?

放射線によるものでですか?

――はい。

いや、思い返してみても、特にないですね。ええ、実際、良かったんですよ。なぜって、放射線治療は毎日行われたので、多少の束縛にはなりましたけど、でもそのおかげで、私を家の外へ出すきっかけにもなったわけです。それは本当に私にとってよかったことなのです。いろいろな人と出会い、治療が終わったときはなんだか寂しい気がしました。がん治療センターに、乳がん経験者の女性が働いていて、彼女はかぎ編みでマットをつくっていました。布地を押し分けてそこにウールを通してつくるというものです。彼女はこの大きなウールのベッドカバーを創っていました。で、私は治療センターに言って順番待ちをしている間いつも、座ってこのマットを彼女と一緒に創っていました。それはとても、とても励みになりました。そこのスタッフや、技師さんたちはとてもいい人でした。

英国人の乳がんの語り

手術中の放射線療法の経験について話している

私は,自分で調べた資料でいっぱいになったブリーフケースを担ぎ時間通り○○教授のもとに行くと,彼は放射線療法に関する新たな手技について話し始めました.
術後における放射線治療の6週間とういうのは,トラウマ的で苦痛であり,大変な期間ですが、この治療の代わりとして術中に使用する新しい方法を開発したと先生から説明を受けました。手術は、しこりを取り除いた後、再発を防ぐために腫瘍部分の周囲をさらに広範囲に切除します。その広範囲に切除した部分にゴルフボール大の詰め物を入れます。その後、執刀医や看護婦は手術室を後にし、誰もいなくなったところでスクリーンのようなものが現れました。
私は麻酔のため何も憶えていませんが、センチネルリンパ節生検を受け、その後手術中に放射線療法が行われました。これは私の個人的な意見ですが、わざわざ術後に放射線療法を行う必要性はなく,意識のない手術中に放射線療法ができるのであれば,それに越したことはないと考えます。
現在では,強度の高い放射線治療が術中に行われているようですが、私の場合は強度が低かったので、術後も数週間にわたり放射線治療を受けました。
当時はこれが唯一の治療法でした。

英国人の乳がんの語り

放射線療法を行っていたときの気持ちについて話している

放射線治療を受けました。化学療法より辛かったです。毎日、月曜から金曜まで毎日、「放射線治療」と書かれたドアをくぐらなければならないという現実がきつかったのだと思います。本当にたくさんの方々と同席しなければなりませんでした。いらっしゃる方は様々で、とても具合悪そうに見える方もいらっしゃれば、元気そうに見える方もいらっしゃいました。お話をしたがっている方々はたくさんいらっしゃいました。そこではカウセリングは受けられなかったので、皆、話がしたかったのです。悩みを抱えていらっしゃるかたはそれほど多かったのです。
放射線治療では毎日、衣服を脱がなければなりません。1週間もすれば慣れるのでしょうが、私はなかなか慣れませんでした。私には、それが毎日診断結果と向き合っている感じだったのだと思います。それまで向き合ってなかったんだと思います。治療は気を使っていただき、思いやりを感じるものでした。治療を受けない乳房はいつも隠してくれました。

英国人の乳がんの語り

放射線療法を受けている間に感じた孤独感について話している

 でも放射線治療を受ける時は、この恐ろしい機械みたいなものに入らないといけません。
 私はその中に横たわって、そうですね、ちょっとはだけた状態になるんですが、それで全員が部屋を出て行き、自分だけが残されるんです。体を行ったり来たりするレーザーがあるだけの、真っ暗なところに。
 ええ、ものすごく変な気分になるから本当にぞっとしますよ。だって傍には誰もいないんですよ。横に座って「大丈夫ですよ」って言ってくれるような人もいないんですから。
 いつも違和感がありました。皆はどこにいるんだって。こんな風に思いました。「皆がどうして部屋から出ていくのかは分かってるわ。だけど他のみんなは部屋の外に出て、閉まったドアの向こう側にいないといけないようなことなんだったら、私だけここに居てこのレーザーを体に受けないといけないなんて、どうしたって私にとって『いいこと』だなんて思えないんだけど」って。
 それに、私の身体のあちこちを引っ張ったり押したりで、まるで自分が一切れの肉になったような気分になるんです。治療のためとは分かっているけど、あの人達もひょっとしたらこれを一日中やっていて、イライラしているのかもしれない。でもやっぱり一切れの肉になったような気分になるんです。それに…そうですね、たぶん彼らが何もしゃべらないからかもしれません。化学療法の看護師みたいに、話しかけてきたりしないからでしょう。それが私にはあまりに人間味がないように感じられたんです。あんまりサポートされていないように感じてしまったのは、多分この時だけじゃないかと思いますね。

英国人の乳がんの語り

自分は治療中もずっと働くことができた

クリスマスが近づいていたので、放射線治療はクリスマス休暇が終わってから始めることになりました。それも私には何の問題もありませんでした。副作用はなかったですし。実際、私は毎日、最後の時間に予約して、仕事に行き、午後半ばくらいで退社して病院に行き、放射線治療を受けて帰宅していました。ですが、何の副作用も感じませんでした。病院は効率がよく、それほど長く待つこともありませんでした。先ほど言いましたとおり、私は最後の予約だったんですが、最後でも予約時間がずれ込むことはほとんどなくて、自分で運転して行き来するのも問題はありませんでした。本当にうまくやれていました。
放射線治療は約16回受けたと思います、週に3回という治療スケジュールで。そして最後に、「ブースター照射」っていうのを1回受けました。