投稿者「dipex-j」のアーカイブ

乳がんの語り

最初の病院で、告知後すぐに「いつ切る?」と言われ、そのままそこで治療を受ける気にならず、家族に相談し、専門病院へ行った (音声のみ)

その先生がもう「いつ切る?」っていうふうにすぐ言われたんですね。でも、まあ大きさもあると思うんですけれども、「いついつだったら、まあ僕は空いているよ」みたいな形で、「乳がん」って言われて、すぐ切るって言われても、やはりちょっとピンと来ないっていうのもありましたし、もう切るっていうことは踊れなくなるっていうのがもう一番最初に私の頭にあって。で、まあもちろん家族にも話してませんでしたから、「家族に話してから、あのう、また連絡します」っていう形でまあ帰ったんですけれども。やっぱりどうしてもその先生に言われたまま、そのままそこで手術を受ける気にはやっぱりならなかったので、そして母に相談して。で、私は、母方のおばも、おじも場所は違うんですけど、がんで亡くなっているんですね。ですので、母は、そんなにびっくりはしなかったんですけれども、やはり専門病院に行ったほうがいいっていう話になって。で、もう翌日、仕事も休ませてもらって、ただ、紹介状とか、レントゲンとか、そういった資料をまた取りに行くとなると、また取りに行って、で、毎日乳腺の科がなかったんですね。そうすると次の診察まで待たなければいけないというのもありましたし、で、もう何も持たずに、本当に知らないということは(笑)、強いというか恐ろしいというか、本当に何も持たずにそのまま専門病院に駆け込んだんですね、翌日。

乳がんの語り

腫瘍が大きいので温存は難しいと言われたが、術前抗がん剤治療に期待をかけたいと思った。自分一人で考えて誰にも相談せずに決めた(音声のみ)

で、そのときに術前化学療法というのをお話をしてくださって。で、もう大体センチで言うと7センチから8センチぐらいの大きさにもうなっていましたから、もうまあ今のままで手術をすることは不可能っていう、多分その大昔はそれをやってたと思うんですけれども、今はお薬の治療で小さくして、まあ最小限にして取るっていうお話をしてくださって。
で、まあ「温存できますか?」っていうことを聞いたときには、その乳頭直下にあるもの、まあ大きいっていうのもありますけども、根本的に乳頭直下ということで、で、「温存は難しいね」って、ただ、絶対できないっていうことはおっしゃらなかったので、可能性がないわけではないというふうに、私は受け止めました。で、術前化学療法をやることによって、もしかしたら、こんななっちゃったけど、まあ温存できるかもしれないっていうことも思いましたし。で、「小さくなりますか?」って、先生に聞いたときに、すごいその先生が笑顔で「なりますよ」って言ってくれたんですね。で、もうここの病院がいいなって、うん、思いました。
治療の選択に関しては、1人で行ったので、誰にも相談はしてません。自分で決めました。で、決断するに当たっての参考にしたものというのは、特にその闘病記とか、そういったものとかも特になくて、一応その病院に行く前に本屋さんで見た本とかで、こういう治療法があるっていうのを見て、「あ、それだ」って、もし術前の化学療法によって小さくなるんだったら、それをやるだけやって、それで駄目だった上での全摘だったら納得がいくと思って、自分で考えて自分で選択をしました。

乳がんの語り

10代から大好きなダンスの仕事をしてきた。踊れなくなってしまったら、明日からどうやって生きていけばいいんだろう?と病気で失うもののショックが大きかった(音声のみ)

まず、初発のときに、まあそのがんの告知を受ける前にも本を読んでいるんですけど、多分、乳腺症だわって思ってたんですね。そのいろんな病気がある中で、やっぱりちょっと痛かったりとか、そういうことがあったりとかしたので、痛みがないって書いてあったんですよ、乳がんに関しては。でも、痛いから違うってやっぱり思ったりとかもして、その打ち消して、打ち消して、打ち消してっていう感じですね。
で、まあ告知を受けた後は、もうショックっていうのもありましたけど、どうしようっていうのが一番最初に思って、それは病気になってどうしようじゃなくて、今までやってきたことがあるわけじゃないですか。じゃあ、今日までやってきたことは明日からどうすればいいの?って、で、それをまず片付けなければっていうことを考えて、乳がんになっちゃったからっていうショックっていうことよりも、自分の人生全体を一遍に考えることになったことのほうが大きくて、病気自体ということよりも、病気によって失ったものがあまりにも大き過ぎちゃって、これからどうやって生きていけばいいんだろう?っていうことのほうが、私にはすごく大きかったんですね。
それがイコール病気になるっていうことかもしれないけど、その病気をどうしようとかは全然思わなくて、もう病気に関しては、もう病院を決めて治療をするっていうことで一つのラインができてしまっているけれども、病気の治療をすることが私の人生ではないので。じゃあ、昨日までできたことが明日からはできなくなって、じゃあ、何をして生きていけばいいんだろう?っていうことのほうが、一番大きかったんですね。

乳がんの語り

髪の毛がなくなるということは、女性としての楽しみの一つを諦めざるを得なくなることなのだと実感した

諦めなきゃいけないことができるなあっていうのが正直に思ったところで。まあ髪の毛がなくなるっていうのは、割と、生えてくるのは、すぐ生えてくるっていうようにみんなおっしゃってくれるんですけど、全部生えそろうまでに、ある程度やっぱり期間がかかりますよね。でも、その間にちょっと、いろいろこう諦めなきゃいけないことが出てきたりとかはするだろうなっていうのは何となくあったんですけど、実際に全部抜けてしまって、もうほぼない状態になると、割と女の人として、こう楽しみでやってきたことができなくなっちゃうんだーっていう実感がちょっとありました。
美容院に行ったりするのが割と楽しみだったりする、ストレスから解放される1つの手段だったりとかっていうのが割と、気が付いてなかったんですけど、結構そういう部分があったみたいで、美容院行かないでいいんだと思った時に、ああ、何か楽だけど、何かつまんないって、ちょっと思ったのが(笑)ありましたし、あと、やっぱり髪形に、そうですね、髪形って結構大事だなと思いました(笑)。女の人でそういうものをちょっと、に気にしないでいいっていうのは、割と楽は楽なんだと思うんですけど、楽だと思ってても、何かちょっとやっぱり意外とそういうとこ、大事なのかもしれないと思いました。
女性として見られる、見られたいとかっていうことよりも、自分が女性としてどう楽しむかっていうところを割と考えてたようなところがちょっとあったと思うんです、今まで。女性として見てもらって評価、評価というかな。評価してもらうっていうのは全然思ってないんですけど、女の人として生まれたからには、ちょっと何かこういうこともしてみたいとか、それで楽しめるか、楽しめないかっていったら、その楽しめない期間が来てるんだなっていう感じはしました。

乳がんの語り

最初に気づいてから、治療にかかる経済的な負担を考えて、10ヶ月間は仕事を優先することにして受診をしなかった

診察を受けるまでの期間というと、最初に自分で気が付いてから、気が付いたのが11月で、年が明けて健康診断に行ったのは8月なので、10ヶ月近くは何もしていない状態でした。
まず、踏ん切りが付かなかったというのもありますし、あと、経済的なことを考えると、ちょっとその時の状況で、もし、進んだがんだった場合に、家族が病気療養をしてましたので、…かなりちょっと経済的な負担が大きくなるだろうというのと。少しそこまでに、自分のことに使うまでの余力をちょっと付けるために、仕事を優先しようと思ってました。

――では、ご病気のことももしかしたらとか、いろいろ気になりながら、でもまずは受診できるための余力を、という形で仕事をされてたんですか?

はい。最悪の、がんだということになると、かなりやっぱり…もう手術するんであっても、入院したりとか、その後の医療費のこととかを考えると、その時にその状況で、経済状態で、というのはちょっと考えにくかったですね(笑)、はい。

乳がんの語り

診断時は営業の仕事だったので派遣先にも派遣元にもすべてをオープンにしたが、結果的に派遣先に受け入れてもらえないことが多い

病名が分かった時は、一応、派遣先にも――仕事が営業というものだったので、お客さまを担当で持っているような仕事でしたので、そちらで迷惑がまず掛かっちゃいけないということで――派遣先と派遣元とを全部、もうすべてオープンにしました。で、手術する時もお休みをちょっといただくので、その間のフォローも含めて、じゃあ、どうするかというような仕事上の相談を一応、その派遣元の方と、派遣先の、一緒にお仕事をしている人とで、相談をして、こうやりくりを立てたような形です。
で、その後は、実際にその病名を派遣先にこう伝えて、仕事の、相談というか、仕事を「それでも働きたいです」という意向をちょっと示しても、なかなか難しいところはやっぱりありまして。で、実際にその…派遣で、がんになるというのはこういうことなんだっていう(笑)のをちょっと思い知ったといいますか。仕事については…、本来であれば公表しない方が良かったのかなというのがちょっとあります。

乳がんの語り

4分の1切除なので切った直後は思いっきり凹(へこ)んだ感じになっていたが、3ヵ月くらい経つと肉が盛り上がってきて、特に補整は必要ない程度になっている

切る前に、外科の執刀医の先生が、あの、4分の1取ると、どうしてもこう、普通に取ったら凹んでしまうので、一応手術をする時には、なるべくこう寄せて目立たないような形にはするというふうにおっしゃっていただいていたので。で、あまりそういったところで、具体的にどうなるっていうイメージが自分でも全然湧かなくて。ただ、切った直後ですから、どうしても肉がこう寄ってなかったんですよね。翌日はもう切って本当にすぐですから。で、思いっきりこう、ちょっと凹んでいる感じになっていたので、ああ、こうなっちゃうんだっていうのがまず1つと。
で、ただ、一応先生はそれでも、「ちょっと落ち着いてくれば、傷口が落ち着いてくれば、だんだんあまり目立たなくなってくるよ」って、「肉が上がってくるので」っておっしゃってたので、しばらくちょっと、あのう、傷口が凹んでいる、まあ4分の1ないんだーっていうところだったんですけれども、やっぱりそのおっしゃっていたように、だいぶ経ってからですけど、3ヶ月ぐらい経ってから、すごく奇麗に上がってきて。
で、補整というのも最初はちょっと、考えたんですけど、パットを入れるですとか。うん、実際にその、今、してるかというと、今はしてないです。全くしてなくて、で、ちょっとこう、ワイヤーが入ったきっちりした下着をつけるので(笑)、もうそれで一応補整代わりということにして(笑)、自分としては納得しています、はい。

乳がんの語り

術前・術後の2回、セカンド・オピニオンを受けて、覚悟を決めることができた

(セカンド・オピニオンを受けた)時期は、手術する前と、それから手術した後に抗がん剤の治療に入る前ですね。そうですね、2回ですね。で、それは、どちらも一応先生に、そのかかっている、切っていただいた先生、今、診ていただいている先生に、「他の先生の意見も聞きたいので」ということでお願いしまして。で、『切るにはどこで切ったらいいんだろう』っていう選択がまず1つと。それから、切った後に治療もしなければいけないと。『この治療法で、果たして自分は納得するのかなあ』っていうのがありまして、2回。ですから、やってみて、結局最終的に一番最初のところに戻るんですけれど、それはそれで、もうこの先生と、ずっとお付き合いというか、自分の病気に関してはもうお任せしてやっていこう、という覚悟がついて良かったと思っています。

乳がんの語り

最初、自分がノーマルな治療法から外れていると思って不安になったが、人それぞれに合った治療法があると考えるようになって精神的に楽になった

がんの治療法が、ノーマルな治療法はこういうものだという考え方が多分あるような気がするんですけれど。例えば病気のことについて、ネットで調べていても、私の場合はそのリンパも取らなかったので、いきなり手術してからすぐ抗がん剤にいってしまったりですとか、ちょっとイレギュラーなもののような気がして、ものすごく不安だったんですね。治療中というか。
で、ただ、人によって、いろいろな人に乳がんにかかった、あるいは治療の経験がある方にお話を聞くと、その方の病状であったり、あるいは、検査の結果もそうですけど、人によって、その行く病院によっても違うし、その方によっても違うし、うん、治療法というのは実はそんなにノーマルなものっていうのは、あんまり気にする必要がないんじゃないかというふうに、ちょっと私はその時に、セカンド・オピニオンを受けた時点ではちょっと思いまして。うん。人それぞれの多分、がんの対処法というか、あるいは治療法というか、そういうものがあるので、あるからこそ、いろんな方が多分どうしたらいいか分からないなあという不安になったりとか、自分もそうでしたけれども、ノーマルな治療法から外れているんじゃないだろうかとか(笑)、すごくイレギュラーなところをやっているんじゃないかっていう不安が出てきちゃうんじゃないかなと思ったので、で、人それぞれだなと思うようになってからは、割と精神的に楽になりました。はい。

乳がんの語り

リンパ節を取らないときのリスクの説明を医師から聞いたが、とにかくリンパ浮腫を避けたかったので、術式の選択でリンパ節を取らないでくださいとお願いした

で、手術をした時に、私がどうしてもリンパ浮腫がすごく気になって、最初に病院の先生からは「リンパ郭清(かくせい)、(がんができた)場所があまり良くないので郭清した方がいい」というふうに言われたんですけれども、聞いた時に、すぐ、リンパ浮腫のリスクがどのぐらいあるのかというのと、それから、その辺の、アフターケアといいますか、メンテナンスはここの切った病院でできるのかというのと、あと、同時にその自分が通える圏内でメンテナンスを行っている病院があるかというのを調べたんですね。で、うまいことちょっと見つからなかったので、で、実際にちょっと浮腫が起きた方っていうのを個人的に知っていまして、すごく大変だというのがちょっと分かってたので、そういうふうには絶対にちょっと、なりたくないというのと、あと、そのリハビリとかの、切った後の浮腫のメンテナンスが確立していないのに取ってしまうのはすごく納得がいかなくて、で、「取らないでください」というふうに、「もう一切触らないでください」というふうに(笑)、先生にお願いをしまして。
で、一応その「取らないでください」と言った時も、「取った方が格段にリスクは、がんの再発とか、転移とかのリスクは下がります」っていうふうに説明をされたんですけれども、どうしてもその時にちょっと取るっていうのを踏み切れなくてですね、「取りあえず取らないでください」というふうにお話をして、「取るんであれば、もう移ってから(転移してから)、移ってしまっているとか、あるいは再発してしまっているとか、そういうふうになってから、申し訳ないですけど、ちょっと取ってもらうことはできませんか」というふうに言いまして。で、全く取らないままで手術は終わってしまったんですけど。