インタビュー時年齢:47歳(2015年9月)
移植後GVHD(移植片対宿主病)治療のための医療機器の治験に参加。

北海道地方在住。2005年ごろに悪性リンパ腫と診断され、造血幹細胞移植を受けてから慢性GVHDとなり、通院療養していた。2014年暮れに主治医から、うまくいけば長年服用しているステロイドの量が減らせるかもしれないと、医療機器の治験に誘われた。患者として役に立てる機会があることが嬉しく、承諾した。参加中、貧血で輸血が必要になることもあったが、半年間の治験スケジュールを完了した。

プロフィール詳細

ピカソ(仮名)さんは、2005年ごろ、背中にできものが見つかり病院に行ったところ、細胞診検査で移植をしなければ余命1年と宣告され、弟がドナーとなり末梢血幹細胞移植を受けた。その後、移植された造血幹細胞が作りだす白血球が自分の体を攻撃することによっておきるGVHDで、皮膚の硬化、肺機能低下などの症状に悩まされるようになった。実家に戻って通院していたところ、2014年末に主治医から効果はわからないが医療機器の治験をやってみないかといわれた。血液中の白血球だけを取り出し医療機器に通して紫外線を照射し弱らせてから体に戻すという方法で、医師は、この治験がうまくいけば、長年飲んでいるステロイドの服用量を減らせるのではないかと考えているようだった。自分としては、副作用のあるステロイドを減らすことができればもちろん嬉しいが、それよりも効果はともあれ、患者として役に立てる機会があることがとても嬉しく、承諾した。

治験に関する説明は主に医師から受けた。説明の際にはコーディネーター(CRC)がそばにいて、説明補助などをしていた。この医師とならやっていきたいと思えたことが参加に繋がった。治験のことはなんとなく知っており、まだ効果が確立されていないもの、世に普及する前のものと理解していた。今回は、海外では既に使われている機器を日本に持ってくるための治験と聞いた。

参加に際して不安がなかったといえば嘘になるが、普段通院している病院とは違う病院で治験に参加することになっており、新しい場所での新しい人との出会いを楽しみにしていた。

治験期間は半年で、開始後3週間ほどは入院、あとは通院していた。その間、医師やコーディネーターをはじめとする医療者や医療機器メーカーの担当者と積極的に交流をもった。メーカーの担当者は、毎週東京から来て、機械のトラブルがあったときの対応などのためにいつもついてくれていた。2時間ほどの治療中は、趣味やグルメの話、医師の海外研修の話などを聞き、自分にはもうできないことを体験しているかのように感じることができて、とても楽しい時間だった。

参加中、貧血が出て輸血をすることが3回ほどあった。貧血はその医療機器で予想される副作用の項目に入っていたが、自分の場合はそれが強く出てしまったようだ。それも覚悟の上で参加していたので不満には思わなかった。むしろ、そのような覚悟がなければ参加していないと思う。

治験参加を振り返ってみて、自分には大きな効果はなかったが、新たな出会いがたくさんあり楽しい時間を過ごすことができた。自分の顔見知り、知っている場所が増えたように感じている。慢性GVHDになって「ポンコツ」な体になってしまったが、治験に協力して人の役に立つことで、そんな自分に納得したかったのかもしれない。ただ、今後については、すでに薬をたくさん飲んでいるので、薬の治験だったら、たとえ「特効薬」だとしても、承認されるのを待つだろう。今回の治験の承認結果のことは何も言われなかったが、お知らせしてもらえたら嬉しいかもしれない。

私は: です。

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