プロフィール詳細
現在、フリーランスをしている。病気を発症したのは2012年の4月で、正社員として会社勤めをしていた。毎日、睡眠時間が短く不規則な生活で、38度を超える発熱と経験のない頭痛、肩や首の痛みといった症状があり、おかしいと思って病院に行った。CT検査や血液検査の結果、風邪と診断された。1カ月経ってもよくならず、倦怠感も出てきて不安になり、ネットでいろいろ調べたが当てはまるものはなかった。再度病院に行ったところ、心雑音が見つかり、感染性心内膜炎の診断がついた。風邪だと思っていたので、心臓の病気と聞いた時はまさかと思った。誰でも病気になり得るのに、なぜ自分なのか、なぜ自分が病気になってしまったのかと思った。
抗生薬の点滴治療を受けるため、4週間入院した。入院中に僧帽弁閉鎖不全症で血液の逆流がひどくなっていると言われ、8月に今ある弁を残したまま弁を形成する弁形成術を受けた。結果としては必要なかったが、もし弁置換術になったときに機械弁にするか生体弁にするか決めるように言われ、かなり悩んだ末、生体弁は出産が可能だが機械部の場合は難しいということで生体弁に決めた。家族にも相談したが、私が元気でいることが1番だからと言ってくれて、話を聞いて支えてくれた。術式の選択が子どもを持つかどうかという今後に影響し、家族の将来設計にかかわるという女性にとって重大な局面だと実感し、涙が出ることもあったが、最終的には自分で決断した。
手術は予定通りに終わり、退院した。しかし、血圧が低くてめまいを起こすなど体調の悪い日が続き、そのうち息苦しさや体重増加がみられ、再入院となった。心臓を包む膜と膜の間(心嚢)に水が溜まる心タンポナーデ*¹を起こしており、心不全の状態だと言われた。心膜に針を刺して、貯まった水を抜く心嚢ドレナージ術*²を受け、水が抜けて順調に回復したかのように見えたが、そろそろ退院という時に再び心タンポナーデを起こし、心嚢ドレナージ術を行った。退院して2週間ほど経つと、また体重が増え、息苦しさがあり、調べると心タンポナーデを起こしていた。短期間に3回も水が溜まったので、次は心膜開窓術*³を勧められ、傷が小さいカテーテル手術ができる別の病院に転院し、手術予定日を待っていたところ、利尿薬などで自然と水が引けて回復し、手術をすることなく、退院することができた。以降、定期検診を受けながら、元気に暮らしている。15cmほどある術後の傷は年月が経つにつれどんどん薄くなっているのが目視でわかる。傷跡が治るのと同時に心も回復してきたと実感している。
入院中、人生や仕事について考える時間が長くあった。手術を受けたら、自分が強くなった感覚があり、これまでどおり日常は続くが、これまでとは違う意識で新しい人生を進みたいと思った。もともと仕事が好きで、好きな仕事を休みたいときに休みながら、精神的にゆとりを持って続けていくには一人で働くのもよいかと思い、フリーランスで始めることにした。何歳まで生きるかわからないけれど、ちょっとでも好きなことに携わって生きていけたらいいなと思っている。
患者になってみて、ただ医師に言われるままに手術や治療を受けるのではなく、自分で知識を持っていることが必要だと思った。患者側も受け身でなく、自分で病気や治療・病院について調べて、ある程度自分がどんな状態でどんな治療を受けているか分かりながら病気に向き合って闘病していくことが必要だと感じている。
抗生薬の点滴治療を受けるため、4週間入院した。入院中に僧帽弁閉鎖不全症で血液の逆流がひどくなっていると言われ、8月に今ある弁を残したまま弁を形成する弁形成術を受けた。結果としては必要なかったが、もし弁置換術になったときに機械弁にするか生体弁にするか決めるように言われ、かなり悩んだ末、生体弁は出産が可能だが機械部の場合は難しいということで生体弁に決めた。家族にも相談したが、私が元気でいることが1番だからと言ってくれて、話を聞いて支えてくれた。術式の選択が子どもを持つかどうかという今後に影響し、家族の将来設計にかかわるという女性にとって重大な局面だと実感し、涙が出ることもあったが、最終的には自分で決断した。
手術は予定通りに終わり、退院した。しかし、血圧が低くてめまいを起こすなど体調の悪い日が続き、そのうち息苦しさや体重増加がみられ、再入院となった。心臓を包む膜と膜の間(心嚢)に水が溜まる心タンポナーデ*¹を起こしており、心不全の状態だと言われた。心膜に針を刺して、貯まった水を抜く心嚢ドレナージ術*²を受け、水が抜けて順調に回復したかのように見えたが、そろそろ退院という時に再び心タンポナーデを起こし、心嚢ドレナージ術を行った。退院して2週間ほど経つと、また体重が増え、息苦しさがあり、調べると心タンポナーデを起こしていた。短期間に3回も水が溜まったので、次は心膜開窓術*³を勧められ、傷が小さいカテーテル手術ができる別の病院に転院し、手術予定日を待っていたところ、利尿薬などで自然と水が引けて回復し、手術をすることなく、退院することができた。以降、定期検診を受けながら、元気に暮らしている。15cmほどある術後の傷は年月が経つにつれどんどん薄くなっているのが目視でわかる。傷跡が治るのと同時に心も回復してきたと実感している。
入院中、人生や仕事について考える時間が長くあった。手術を受けたら、自分が強くなった感覚があり、これまでどおり日常は続くが、これまでとは違う意識で新しい人生を進みたいと思った。もともと仕事が好きで、好きな仕事を休みたいときに休みながら、精神的にゆとりを持って続けていくには一人で働くのもよいかと思い、フリーランスで始めることにした。何歳まで生きるかわからないけれど、ちょっとでも好きなことに携わって生きていけたらいいなと思っている。
患者になってみて、ただ医師に言われるままに手術や治療を受けるのではなく、自分で知識を持っていることが必要だと思った。患者側も受け身でなく、自分で病気や治療・病院について調べて、ある程度自分がどんな状態でどんな治療を受けているか分かりながら病気に向き合って闘病していくことが必要だと感じている。
*¹心タンポナーデ:心臓を包んでいる2枚の膜(心膜)の間に血液などが貯留し、心臓が圧迫されること
*²心嚢ドレナージ術:心タンポナーデで貯留した血液などを体外に排出すること
*³心膜開窓術:心膜の一部を切開または切除し、心膜腔に貯留した過剰な液体(心嚢液)を排出し、心臓の圧迫を緩和する手術のこと
インタビュー09体験談一覧
- 素人で専門的な知識もないので、医師の言っていることを信頼して疑うこともなく、流れに従った(テキストのみ)
- 厳しく優しく励ましてくれた理学療法士に感謝している。お互い家族や仕事の話などをしゃべったことが記憶に残っている(テキストのみ)
- 自分の好きな仕事をゆとりを持ってやってゆきたいと思い、会社員からフリーランスになった(テキストのみ)
- 機械弁を選択すると、ワーファリンを飲み続けなければいけないので、出産はできないと言われた(テキストのみ)
- 休職中は傷病手当をもらいながら無駄遣いしないよう、生きていかなければならなかった。退職後は一層大変だった(テキストのみ)
- 心嚢ドレナージをする時、ICUで大勢の医療者に囲まれて、意識がある中で胸が見えている状態は恥ずかしかった(テキストのみ)
- ICUで目が覚めた時、管につながれ動けなかったが、手術という大仕事を終えて生きて帰ってこれたと感じた(テキストのみ)
- ICUでカーテン越しに赤ちゃんの生きようとする大きな泣き声が聞こえた。自分も頑張らなくっちゃと思った(テキストのみ)

