投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の乳がんの語り

リンパ浮腫のために自分が使用していたスリーブについて話している

手術後に腫れが全然なくて、まったく正常な腕だったのに、20年も経ってから(リンパ浮腫に)なることもあるなんてことは、知りませんでした。私の場合は去年なったんです。それで、ジムに行ったときや庭の手入れや家事をするときに着用するスリーブを入手しました。でも普段は着用していません。腕が少しくらい太くなっているとしても、今だったら自信を持っていえると思います。片方の腕が太くなっているけれど、どうせ誰も気づかないわって。もし他人が気づくとしたら、そうですね、時々洋服探しが難しいですね。ジャケットを着用すると、いきなりそっちの腕が少し窮屈だわってわかるのです。

英国人の乳がんの語り

リンパ浮腫についての困難な経験を話している

いずれにしても、手術が行われ、私はリンパ浮腫を引き起こした腕の血栓を含めさまざまな合併症に見まわれました。そして、それはひどく耐え難いものだったのです。本当に痛くて、2日ごとに手を使って排液しなければならないのです。乳ガンについてこのことはあらかじめもう少し注意深い説明が必要だろうと、非常に驚いたことのひとつであったと思います。ですから、そのことで私はとても当惑してしまいました。
私は家に帰ってからも、約3ヵ月間リンパ浮腫が続きました。そのことは困難なことだとわかりました。いくつかの点で、私はリンパ浮腫がガンよりももっと困難なものであるとわかりました。なぜなら、リンパ浮腫は自分のもろさを日々感じさせるものからです。私は今後の人生をこのように思い描いていました。とても太い腕とふくらんだ指を抱えて、しかもこの圧迫ストッキングを履きつづけなければならないのだと。それでこれは心理的にとても困難なものでした。そして私はリンパ浮腫によって蝕まれているのだとわかりました。というのも、実際に階段をすべって転んで、足首を骨折してしまったのです。
過去を振り返ってみても、私には階段から転がり落ちるなんてことはなかったし、不注意な人間では全くないのです。それは「ねえ!もうこんなことは沢山、うんざりだわ」と言おわんがために起きたような事故でした。

英国人の乳がんの語り

自分がなるまでリンパ浮腫について何も知らなかったと話している

今まで私はリンパ浮腫になる可能性についてまったくアドバイスを受けたことがありませんでした。退院の少し前に乳房にあてるパッドのことでアドバイスにやって来た人はいたのですが。それから手術後の運動訓練についてリーフレットを見直してみました。でも、そこにはリンパ浮腫については何も書いてなかったのです。そこに書いてあったのは、何かをすることだけ、例えば腕を後ろに回してとか・・・。そう、それだけ、それだけなの。腕をもっと強く・・・なんて書いてあるけど、リンパ浮腫についてはまったく書いてありませんでした。
ここで、ちょっとリンパ浮腫のことについて話してみたいのです。もし、お医者さんたちがジャケットを着ていたらって想像するからなんです。もし、お医者さんがジャケットを持っているのに、それを着ることができなかったどうするのだろうってね。私は(手術直後は)服を着ることができなかったし、今でもあまりうまく着ることはできません。スーツは、どんなスーツでも着られませんでした。

英国人の乳がんの語り

リンパ浮腫の悪化防止のために推奨される方法について話している

腕のリンパ液は、きちんと排出できないと、腕にむくみを生じる恐れがあり、むくみのない状態に戻ることはありません。そのため、一生涯続く問題をかかえることになります。というのは、リンパ管がいったん腫れてしまうと元には戻らないからです。
だから、腕の状態を見て適切な管理をすることや、病院で教えてもらった運動療法を用いてむくみを解消することがとても大事です。適切な方法を知らない人からマッサージを受けるのはいけません、というのは、過度のマッサージをしたり、間違ったところや間違った方法で揉むと、リンパのむくみを起こします。そういった状態のことをリンパ浮腫といいます。
それと、きついブレスレットやアームバンドを着けるのもいけません。また、感染に注意を払うことがとても大切です。ガーデニングには気をつけてください。私は、実は、手袋をしないでガーデニングをすることが多いのですが、とても注意しています。もし切り傷をつくったら、傷のところを清潔に保つようにとても気をつけています。

英国人の乳がんの語り

なぜ病気になってから、より多くのリラックスできる時間を持つようになったかを説明している

私はいつも午後遅い時間に仮眠をとるの。そうすると、夜の間は気分がすっかりよくなって、11時まで寝なくてもよいのです。私たちはいつも6時半には起きるから、5時までは休んでいられるの。
私はとても眠いから、皆によくアドバイスするの。相手が非常に若い人であっても、特に家族持ちのひとには、こうアドバイスするんです。“この時間には仮眠をとる”って宣言してから休むこと。できれば子供たちが学校なんかから帰ってくる前にね。それが(病気になってから以後の)私の変化で、以来、仮眠の時間をちゃんと確保してきました。
“午後○○時に、話に来ない?”って言われたとき、私が“う~ん、夕方にはちょっとやることがあるの”と答えたとすると、皆はきっと変な人と思うでしょうね、“なぜその両方をできないのだろう?”って。

英国人の乳がんの語り

健康的でかつ楽しめるような、バランスの取れた食生活をしている

ガンに関するいろんな情報を読んで、食事から脂肪分と塩分の量を減らし、カフェインの少ないのを飲むようにしました。それと、日常生活のストレスを減らすように心がけました。もちろん実際的にはそれは不可能なことでした。ストレスの多くは、どちらかといえば心の内からでたものでしたから。長年ストレスに対処していませんでした。
でもほんとに、ライフスタイルを変え、食事はすべて全粒小麦にしようとしたんです。変更したことのいくつかは今も続けていますけど、でも一部は元にもどしました。自分の生活を楽しみたかったからです。このような生活を変えることで、ある程度自分に沢山のストレスを与えることになりますが、それでも納得のいく健康なライフスタイルを持ちたいと思っています。自分の生活も楽しみたいと思いました。ですから,果物や野菜を沢山食べています。毎日野菜・果物を5単位とり、全粒小麦で作ったパンなどをとるように心がけています。でも、肉もバターもとりますし、お酒も飲みます。こういったものを全然とらないようにするのではなく、適度に摂るように心懸けています。

英国人の乳がんの語り

普段から健康的な食生活をしていたので、(がんになったからといって)変更する必要はまったくなかった

私は普段からかなり健康的な食生活をからしていたのよ、果物や野菜などをいつも沢山摂っていたし、今でもそうしているわ。果物や野菜は好きだけど、肉はたくさん食べなかった。乳がんと診断されるまでの長い間、ほとんど菜食主義者だったし、今でも健康的な食生活を続けているの。健康的な食べ物は好き、だからポテトチップスやそういった食べ物をたくさん食べたことは今までに一度もないわ。だから食生活の点では、がんになったからといって、変えることはなかったの。ホメオパシーとか、そのような類のものにちょっと興味があるけど、治療を受けていた頃はそういったものを利用しなかった。病院での化学療法だけを受けるようにしていたの。信頼できる人に治療を任せていると思っていたし、それは間違っていなかったと確信しているわ。だからホメオパシーが必要だって感じていなかったの。

英国人の乳がんの語り

なぜ彼女が代替療法を警戒するかについて話している

私の妹は代替療法にずいぶん凝っていたわ。実際は、ずいぶんと大勢の人にだまされていたのだと思います。多分妹はまっとうな治療法に会わなかったかもしれないけれど、ほんとにずいぶん色んなことを試していたわ。

――つまり、みんなは妹さんにありもしない結果を約束したってわけですか?

そのことに相当な出費をしていたわ。

――なるほど。

そして、どれも効かなかった。妹は亡くなったその日には病院に行く予定だったのです。多分、代替療法は妹の非常な支えにはなっていたのだと思います。治療だけでなくって、自分自身の安らぎもあるのですよ。自分自身の考え、生活の質(QOL)にしたがって、自分の助けになることなら何でもすべきなのだと思いますよ。
やってみたらいいんですよ。イチイの葉っぱを食べることが良いと思うならやってみたらいいの。

――でもあなたはまだ今のところは何も試してはいないのね?

ええ、何も。

英国人の乳がんの語り

代替療法より、科学的根拠に基づいた医療の方がいい

私は現実主義者です。何かをするには根拠が必要だと考えていますが、いわゆる「代替療法」が有効なことを証明する証拠は今までに見たことがありません。
代替療法を行うことで安心する人もいるのかもしれません。それによって、エンドルフィンが分泌されるのでしょう。この脳内麻薬が分泌されることで、気分が高揚していい気持ちになるのです。マッサージも、おいしいディナーも、セックスもそうです。エンドルフィンは様々な活動によって分泌されます。でも、私には水泳という他の方法があります。今でも毎朝1キロ泳いでいます。傷口が治ると同時に、1カ月以内に始めました。それ以上早くは医師が許してくれませんでした。でも、水泳以外には興味がありませんでした。私は水泳が代替医療だとは考えていませんし、気分がよくなるためにしているだけのことです。私は完全に現実主義者なのです。

英国人の乳がんの語り

病気に対して前向きな態度であるが、再発したときには代替療法を考えるかもしれない

私は、とても前向き思考で、気力で乗り切るタイプです。病気になんかならないし、なっている時間もない、といつも言っていました。そして、化学療法は本当に効果があるという気がしていたし、実際によく効きました。手術の時は前向き思考の力がなぜか及びませんでした。きっと思考ではコントロールできなかったのだと思います。だから、気持ちだけは強く持とうと思いました。特に欲したわけでもなく、むしろ必要ないと思っていたけど、初めと終わりに瞑想のようなことを行なう集団カウンセリングに出てみたんです。心に思い描くことができなくて、うまくできなかったのです。自分を無にすることができたのかどうかよくわからなかったのです。私はとても堅実で、現実的な性格でしたので、癌ともそうして付き合ってきました。規定どおりに、無駄なことは一切せずにやってきました。もう1度癌と診断を受けたらどうするかわかりません。その時は何が選択肢にあるのか見るでしょう代替医療を受けることを考えるかもしれません。でも言ったように、再発と診断されたらその時点で別の選択をするかもしれません。でも実際その時になったらわかりません。しかし今は代替医療を選択することはありません。