診断時:70歳
インタビュー時:70歳

2001年に乳がんの診断。両側乳房切除術、タモキシフェン投与。

語りの内容(テキストのみ)

自分ががんになる可能性が高いことも知っていました。
家族歴としては、姉は乳がんで亡くなりました。父方の伯母もです。母は卵巣かどこかの婦人科系のがんで亡くなったようですが、はっきりしたことはわかっていません。以上が家族歴です。出産は遅く、最初の子供は29歳になる少し前に出産しました。今と違って、当時としては遅いほうだったのです。母乳育児はできませんでした。1人目は未熟児だったので、しばらくは手元で育てることができなかったのです。そして、この考えは間違っていたのですが、子供は皆平等に育てたいと思うあまりに2番目の子供にも母乳を与えませんでした。私は小さい頃に甲状腺機能亢進症にかかり、甲状腺の切除を受けました。詳しいことはわかりませんが、このことも少しはがんの誘発因子になったようです。それから、私はかなり長い間ホルモン補充療法を受けていました。これは一種の賭けでした。ホルモン補充療法によって乳がんのリスクがほんの少し高くなることは知っていました。一方で、冠動脈血栓症や脳出血がわずかに予防されることも知っていました。結局私は、脳卒中や心臓発作ではなく、乳がんと闘おうと決めたのです。

私は: です。

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