インタビュー時:62歳(2014年12月)、疼痛期間:約22年、診断名: 三叉神経痛
首都圏在住の女性。 薬剤師・大学教員。1994年頃に下あご・耳の下に痛みを感じ、検査の結果三叉神経痛と診断された。2週間ほどの服薬でいったん痛みが消えたが、3-4年後には、痛みのために会話が困難になることもあった。2014年にはさらに痛みが強まり、信頼できる医師のもとで手術に踏み切った。現在は痛みは治まり、仕事を続けている。

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プロフィール詳細

宇野さん(仮名)は、薬剤師として薬局のチェーン店で働いていた20年ほど前に、下あごの辺りや耳の下の辺りに痛みを感じ三叉神経痛と診断された。痛みは、鎮痛目的で、テグレトールという薬剤を2週間ほど飲んだらいったん治った。その後3から4年は痛みはなかったものの、薬局から別の部署に異動になり、ストレスを強く感じるようになったのと同時に痛みが再発した。1年ほどの間に、痛みが出ているときには会話が次第に困難になった。そこで薬の量や飲み方を工夫してみたものの、副作用で頭がぼーっとすることが増えたため、いったん退職した。薬の効果か職場を離れたためか分からないが、いったん痛みはなくなった。半年ほどして、元の職場に復帰して1年ほど勤務した。さらに別の職場に移って現在に至っている。しかし、2010年からまた痛み始めた。

当初は、上司との関係などで感じていたストレスが、痛みの原因と考えていた。他にも、母の介護が負担になっていたことも思い当たる。もっとも、手術後には、ストレスが痛みの根本的な原因であったのではなく、痛みを感じさせやすくする要因だったのではないかと思うようになった。ストレスがあろうが無かろうが血管と神経の接触はあるはずだからである。

2011年にかかった病院では、手術を強く勧められた。しかし、開頭ではなく穴を空けての手術であったものの、友人が開頭手術を経て人格が変わったようになったことを思い出し、戸惑った。また、薬で痛みをなんとかコントロールできていたことと、手術に関する説明が少なかったことで、手術を思いとどまった。痛みが出そうなときに予防的に薬を飲むこともあった。また、体が温まると痛みを感じにくくなるため、入浴と歯磨きを一緒にするなど、自己流の工夫を編み出した。

2014年の正月には、痛みの現れ方が急になり、食事や歯磨きも十分に出来ず、テグレトールの量を増やしても対応しきれなくなった。リリカカプセルやトラマドールなどの慢性疼痛の薬も試してみたものの改善せず、固形物の食事が完全に無理になり、液状の栄養補助食品でしのぐしかなく、1ヶ月の間に4キロも体重が減った。気持ちも体力も余裕が無くなり、ペインクリニックの専門医を訪れ、検査の結果他の病院での手術を勧められた。

紹介された病院では、手術の内容や手続きに関して丁寧な説明を受けることができたので信頼感が湧いたことと、身体的な限界を感じたため、2014年の4月に手術に踏み切った。

手術後は三叉神経痛の痛みは消失した。傷口の痛みと、手術をした側の頭痛に対しては、ボルタレン(鎮痛剤)でコントロールしている。

手術の決断には、医師への「信頼」が大きなポイントとなった。最初に手術を勧めた医師は、説明を尽くさずに手術に踏み切らせようとしていたように感じた。一方でペインクリニックの医師は、自分のクリニックの利益よりも宇野さんの治療を優先して病院へ紹介してくれた。紹介先の病院の医師らの態度も、信頼に足るものであった。医師ではないが一時かかっていた鍼灸師も、信頼できる人であった。直接体に処置をするので、その鍼灸師以外にはかかりたくなく、その鍼灸師が引退して以降は鍼灸にはかかっていない。

医師には、患者が考える余裕を与えてくれるような態度をもってほしいと思う。薬剤師及び薬剤師を目指す学生には、薬剤のことだけではなく、患者がどのような状態にあるのかを想像したり探ったりすることができるようになってほしいと思っている。

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