インタビュー時:48歳(2016年8月)、疼痛期間:11年、診断名:頸椎椎間板ヘルニア(2005年)、頸髄損傷(2011年)。

北陸在住の女性。夫とは離別し2年前から母親と二人暮らし。2005年に頸椎椎間板ヘルニアと診断され、その後2011年アパートのロフトのはしごの不備のため転落し、2011年に頸髄損傷後からさらに頭、顔、首、肩、背中、左足や特に上肢の痛みやしびれがひどくなった。日常生活はすべて自分で行えているが、痛みは絶えず続いているので安楽死を望んでいる。定職にはついておらず、貯金を取り崩し生活しているため経済的に困窮している。

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プロフィール詳細

藤岡さん(仮名)は、その後2011年アパートのロフトのはしごに不備があり転落したことがきっかけで頸髄損傷となり、頭、顔、首の他に肩、背中、腕、左足と痛みが拡大し、しびれもある。常に一定の激痛があるが熟睡しているときだけは痛みを感じない。毎年痛みとしびれなどの症状が変動し、時に頭、首の後ろからいつも火が噴いているようになり、唐辛子みたいで痛くて辛い。痛みは目や口に出てきてヒリヒリし、涙が出てくることもある。

整形外科、ペインクリニックや精神科で診察を受けた。鎮痛剤の飲み薬や点滴の痛み止めも使ったが、副作用があり中止し、現在は近所の整形外科で診察を受け、痛み止めのテープを処方してもらっているが10%ぐらいしか効果がない。

痛みは常にあるので、朝起きてから食事をする時間、散歩や、不要品で手芸や創作をするアップサイクル(不用品から新しくより良いものを創造的に作り出す)の時間など、一日の時間割を作って生活をしている。しかし決して楽しいものではなく、毎日絶望的に生きている。痛みが限界になっているので薬が合わないことや医療費の問題から安楽死を望んでいる。精神的にも経済的にも自立をしなければいけないことは分かっている。しかし、どうしようもない時は「いのちの電話」に連絡することもあった。人生崖っぷちで、あまりにも激痛すぎて、小さい悩みはどこかに行ってしまった。

医療費、一部生活費は貯金で賄っているので、経済的に困窮している。障がい認定6級だが現在住んでいる自治体では交通費の支給もなく、一部の民間割引制度ぐらいで十分ではない。慢性の痛みも障害認定対象になれば良いと思っている。働くことができないので外部との交流がなく、引きこもり状態になっている。雪が降ると車を使うとお金もかかるので通院ができないこともある。

痛みをもつことで絶望的になることもあるが、しかし朝起きると食事をとり、散歩に行くという行動に向かわせている生命力は誰でも持っているので、今の自分は本来人間が持つ生命力で「生きちゃっている」と思っている。「痛み」は受け入れ難いが、逃げ出すことができない。命がある限り生活も続くので苦しいが、「限界まで行き、諦め、もがきの繰り返し」と思って、命を繋いでいる。

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