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インタビュー時:47歳(2016年9月)
疼痛期間:約30年
診断名:子宮内膜症、子宮筋腫

首都圏在住の女性。大学生のときに激しい生理痛に襲われ、子宮内膜症の診断をうけた。ピルによる内服治療をしたが、その後は治ったと思い、特に治療はしなかった。生理痛が激しいときには、鎮痛剤を使用し寝込んでいた。30代半ばから、生理以外の日にも痛みが出現、ホルモン薬を使用しないと激痛に襲われるようになった。40代に入り、子宮鏡下の手術で子宮筋腫を摘出後、出血量も少なくなり生理痛もよくなった。

語りの内容

それからあの、遠足や移動教室で山登りにつき合わなければいけないときがある。で、20代のまだ、新人のまあ、要は元気のいい教師であるっていうふうなことになりますと、もう誰よりも、一番若さがあって、元気があるだろうからということで一番体を使う部分に配置をされてしまう。でそういうときに、たまたまその1年に、まあ3回ぐらいあります非常に大変なときに当たってしまったりしますと、その、苦しいんですけれども、「今、生理中で生理痛が重いので、ちょっとつらいです」っていうふうなことはやっぱり言えない、わけです。で、当時あの、中学校の中では確か男性の先生が7割ぐらい。で、女性の先生が3割ぐらいで、えー、幼稚園や小学校に比べると男性のほうが多い。そしてまた、あの、生徒たちもちょうど思春期の生徒たちが何百人もいる。そういうふうな中で、非常に痛いな、苦しいなって思うんですけれども…、やっぱりそれがこういう理由で先生は具合が悪いんだっていうことが言えない状態で、こう、ひた隠しにしながら、もう表向きは誰よりも元気で、もう誰よりも本当に仕事が楽しく。仕事が楽しいのは本当にそのとおりだったんですが、苦しいのは、いかんともできないので。その非常にこう離れてしまった気持ちを抱えながら、何かどこかでこう自分と周りをだましながら懸命に仕事をしていくような状態で、社会人としての最初の日々を過ごしていました。

ただ、そのうちに、もうあの、仕事をしていて最後のころになりますと、やはり会議をしているときに、「あ、でも、あなたは体が弱いから、あの、この仕事になっていただきましょう」というふうに、男性の同僚から言われることもあり、それはあの、本当に切ない、あの、し、またつらい、あの、言葉だったなというのはあります。やはりそういうことがだんだん多くなるにつれて、「あ、やはりもうこれは30までだな」ということで決心が変わらなくなりました。
ただ、あの、やはり周りでは、「本当に、後悔はないの?」、その持病のせいで辞めるということをあの、ほかの人は知らないですので、あの、管理職からもやっぱり一時の気の迷いでそういうふうに言っていることで、後で後悔するんじゃないか。先の人生は長いというふうなことで、随分あの、考え直すようには言われたんですけれども、やはり自分ではもう限界だと思っていたので、あの、「決心は変わりません」というふうなことで、あの、話をしていました。

私は: です。

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