インタビュー時年齢:80歳(2012年11月)
骨粗鬆(しょう)症の治療薬の治験(第何相試験かは不明・プラセボ対照試験)に参加。
首都圏在住。もともとひざの痛みがあり、整形外科に通院していた時に骨粗鬆症だといわれたが、母親の介護のため通院を中断し、特に治療は受けていなかった。その後、2007年に骨粗鬆症治療薬の治験参加者募集の新聞広告を見て、ひざの痛みが少しでも良くなればと考えて応募。治験は薬を毎日1回自己注射するもので、当初1年の予定であったが、さらに1年延長された。

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プロフィール詳細

中村さんは、首都圏で夫、実母、息子と4人暮らしをしていたとき、ひざの痛みで、整形外科を受診した。そこでは骨密度の測定はしなかったが、骨粗鬆症だといわれ、しばらく通院してリハビリなどを行っていたが、母親の介護で忙しくなったため通院を中断した。自分のことを考える余裕が出てきた2007年に、新聞で骨粗鬆(しょう)症の治験参加者を募集する広告(製薬会社が出していたもの)を目にして、ひざの痛みが少しでも良くなればと考えて受付窓口に電話した。

参加した治験は、骨粗鬆症の治療薬の注射でクリニックで注射のやり方の指導を受け、自宅で毎日1回注射を行い、月に2回ほど通院して経過を報告していた。注射は痛くもなくこれなら楽にできると思った。プラセボのグループに入るかもしれないことは聞かされていたが、どちらになるかはほとんど気にせず、治験に参加することが自分のためであると考えて、医師や看護師の指示に従って仕事のように一生懸命に通った。当初期間は1年といわれたが、その後「もう少し続けてください」と言われて、さらにもう1年通った。医師や看護師、他の治験参加者と治験の経過以外の話をしたり情報交換したりすることはほとんどなかった。冬の寒い時期に朝早く起きて通うことはつらいと思うこともあったが、自分のためだから最後までやり遂げなければと思って通っていた。

治験についての説明は紙に書いてあったと思うが、あまり詳しくは覚えていない。治験の詳細は、治験を行う医療者側が決めることで、自分が関与することではないと思っていた。何か異常が出た場合には報告すればいいと思っていただけで、特に何も気になる症状もなかったため、指示通りにクリニックに通っていた。副作用については5、6つほど説明にあり、自分にも1つか2つ軽いものがあったが、耐えきれないほどでもなく、このくらいのことはしょうがないかというぐらいで過ごしていた。また、治験参加後2~3か月した頃から、製薬会社から口座に定期的に謝金の振込がされるようになった。治験という契約がある以上、度を越して立ち入ってはいけないという思いがあり、治験薬がその後どうなったのかを知ることは、治験参加者の権利ではないような気がする。自分よりももっと若い進歩的な人であればいろいろと尋ねたりするかもしれないが、そこまで突っ込むのは筋違いではないかと考えた。

治験への参加を決めるのは、最後は自分の判断によると思うが、もし自分の病気が少しでもよくなりたいと思うのであれば、半分は賭けで参加するのも良い方法だと思う。治験に参加してよかったと思うし、気心の知れた人にだったら勧めるかもしれない。

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