インタビュー時:74歳(2019年10月)
診断時:33歳
診断名:房室ブロック、心不全
首都圏に妻と2人暮らし。
33歳の頃、毛布1枚が重たく感じてこれは普通ではないと思い、受診。
脈が欠落しており、大学病院で心臓ペースメーカ植込みをしたが、約10年間ペースメーカ感染を繰り返し苦労した。
徐々にむくみや息切れがみられるようになった。
現在は抗凝固薬、利尿薬、抗菌薬などを服用し、塩分を控え、毎日運動し、風邪をひかないよう気をつけている。
定年退職後、患者会活動が生き甲斐となっている。
プロフィール詳細
首都圏在住。妻と2人暮らし。33歳の頃、野球クラブの練習後、普段と異なり晩酌の気分でもなく、夜間かけていた毛布1枚が重たく感じた。これは普通ではないと思い、受診すると、脈が欠落していると言われた。薬を内服したが改善せず、大学病院で心臓ペースメーカ植込みをした。しかし、約10年間ペースメーカ感染を繰り返し、3回もペースメーカを交換せざるを得ず、大変苦労した。抗菌薬を変えながら飲んでいると耐性がでてきてしまい、さらにその間に心機能が徐々に低下し、度々むくみや息切れなどの心不全の症状が起きるようになった。
ペースメーカが必要だと言われたときは目の前がショックで真っ暗になり何も見えなくなる感じだった。自分の寿命がいつまで続くのかが心配で、目が覚めると今日も生きていたと実感する日々だった。41年前は、身近にモデルになるような患者がおらず、病気のことが全然わからなかった。医師からも今後どうなるかという説明はなく、疑問を聞くこともできなかった。患者同士で心のケアをして、患者力を高めて、問題をクリアしていかねばと思わされた。
会社では、ペースメーカを入れたことを報告したが、上司の理解と周囲の協力があり、定年まで勤めることができた。当初、周囲の人は、一緒に出かけて途中で何か起きては大変とペースメーカを入れた自分と付き合うのが怖かったようだ。中には、機械人間、ロボットと言う人もいて、そういった言葉はかなりきつかった。麻雀やカラオケに誘われるようになったのは何年も経ってからだが、一緒にやっていくうちに自然と元気になっていき、やっと世間の目から解放されたと感じることができた。
最初は自分の脈があったが、今は100%ペースメーカのリズムである。2か月に1回の定期受診では、日常生活での体調についてメモを取り、臨床工学技士にペースメーカ作動との関連を確認する。日常生活では、塩分を控える、朝はゆっくり体を動かし始めて起床する、毎日運動して血液の循環を良くする、高いところに登らない、風邪をひかないようにする、装着部を強く接触しないようにすることなどに気をつけている。
経済面では、障害者手帳1級を取得し、医療費の負担軽減を受けながら治療できたのは助かった。ただ認定を受けることについては、最初は抵抗があった。患者会の会員の中には、申請しない人もいる。
妻とともに25年間患者会のボランティア活動に加わり、それが生きがいになっている。多くの患者はペースメーカを入れた当初は、入浴の仕方や電気機器の使い方、落雷時の対応、携帯電話など、何を避ければよいのか、何は大丈夫なのかいろいろと戸惑う。不安が強いと外出を避けてしまう人もいるので、先輩の体験談は重要だ。患者会に心細い表情で来て、安心して笑顔で感謝の言葉を述べながら帰る様子を見るのは、一番嬉しいことだ。
ペースメーカが必要だと言われたときは目の前がショックで真っ暗になり何も見えなくなる感じだった。自分の寿命がいつまで続くのかが心配で、目が覚めると今日も生きていたと実感する日々だった。41年前は、身近にモデルになるような患者がおらず、病気のことが全然わからなかった。医師からも今後どうなるかという説明はなく、疑問を聞くこともできなかった。患者同士で心のケアをして、患者力を高めて、問題をクリアしていかねばと思わされた。
会社では、ペースメーカを入れたことを報告したが、上司の理解と周囲の協力があり、定年まで勤めることができた。当初、周囲の人は、一緒に出かけて途中で何か起きては大変とペースメーカを入れた自分と付き合うのが怖かったようだ。中には、機械人間、ロボットと言う人もいて、そういった言葉はかなりきつかった。麻雀やカラオケに誘われるようになったのは何年も経ってからだが、一緒にやっていくうちに自然と元気になっていき、やっと世間の目から解放されたと感じることができた。
最初は自分の脈があったが、今は100%ペースメーカのリズムである。2か月に1回の定期受診では、日常生活での体調についてメモを取り、臨床工学技士にペースメーカ作動との関連を確認する。日常生活では、塩分を控える、朝はゆっくり体を動かし始めて起床する、毎日運動して血液の循環を良くする、高いところに登らない、風邪をひかないようにする、装着部を強く接触しないようにすることなどに気をつけている。
経済面では、障害者手帳1級を取得し、医療費の負担軽減を受けながら治療できたのは助かった。ただ認定を受けることについては、最初は抵抗があった。患者会の会員の中には、申請しない人もいる。
妻とともに25年間患者会のボランティア活動に加わり、それが生きがいになっている。多くの患者はペースメーカを入れた当初は、入浴の仕方や電気機器の使い方、落雷時の対応、携帯電話など、何を避ければよいのか、何は大丈夫なのかいろいろと戸惑う。不安が強いと外出を避けてしまう人もいるので、先輩の体験談は重要だ。患者会に心細い表情で来て、安心して笑顔で感謝の言葉を述べながら帰る様子を見るのは、一番嬉しいことだ。
インタビュー10体験談一覧
- 自分がペースメーカを入れたときには「入れなきゃ駄目だよ。だけど大丈夫かはやってみないとわからない」と言われ不安になった
- 本当にコミュニケーションがとれた医師は2人だけ、患者会にたずさわる前は医師との関係は上下関係だった
- ペースメーカを入れた当初、会社の同僚から近寄りたくないという雰囲気を感じたが、付き合い方がわからず怖かったのだろう
- 塩分を摂るとむくむので、すし屋では醤油を使わず、塩をつけないマイおにぎりを持参するなど工夫している
- 適度な運動は血液の循環を良くして身体をほぐす。血液が滞るのを防ぐためにも、極力散歩を心がけている
- 障害認定を受けることには、初め抵抗があった。障害者というと一般からかけ離れた見方をされる場合もあった
- ペースメーカを入れると以前は障害認定は1級だったが、今は3級や4級もあり、ぎくしゃくするので等級は言わない
- 合併症があるので、2か月半に1回受診している。臨床工学技士もペースメーカのチェックをしてくれるので安心だ
- ぺースメーカ植込み後、ちょっとした傷も感染の原因になり、何度も繰り返して大変だった。感染すると空気の動きだけでも痛い
- 病気を知らない人から「機械人間」「ロボットだ」と悪口を言われたことがある。事実だから仕方ないがすごくきつい言葉だ
- ぺースメーカを入れている同志として距離がぐっと近くなる。社会参加につながっていくし、長生きの証しになると思う
- 利尿剤を飲むとまもなくトイレに行きたくなるので、生活に合わせて飲むタイミングを調節している
- 血液サラサラにする薬を飲んでいると、ちょっとぶつけたことであざができてしまう。歯の治療の時も感染予防にも注意している
- 出かけるときは、必ず少し余分に薬を携帯する。災害に備えて、いつも多めの薬をストックするようにしている

