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インタビュー時:74歳(2019年10月)
診断時:33歳
診断名:房室ブロック、心不全
首都圏に妻と2人暮らし。

33歳の頃、毛布1枚が重たく感じてこれは普通ではないと思い、受診。
脈が欠落しており、大学病院で心臓ペースメーカ植込みをしたが、約10年間ペースメーカ感染を繰り返し苦労した。
徐々にむくみや息切れがみられるようになった。
現在は抗凝固薬、利尿薬、抗菌薬などを服用し、塩分を控え、毎日運動し、風邪をひかないよう気をつけている。
定年退職後、患者会活動が生き甲斐となっている。

語りの内容

もう会社の同僚なんて、そばに近寄りたくないっていう認識だったですね。会社、人間ってこんなもんなのかと。
会社にいたときは、わいわい、がやがや、こうやっているけど、いざ病人になったら、もう…、やっぱり近寄りたくないっていう感じの雰囲気が、僕は、あの、感じましたね……。

元気になってきたときはね、皆さん…、麻雀とか何かにも誘ってくれるようになったしね。ええ。それは、すごく自分の気持ちをリフレッシュできたんかなって…。
それとか、その麻雀とかカラオケ。カラオケなんかやったことなかったんですけど、そういうものに、こう誘われてやっているうちに何か、普通に元気になってきたということですね。

ペースメーカ入れるまでは、そういうことしなかったんですけどね。でも、たまたまペースメーカ入れて暇そうにしていたんでしょうね。だから、こう誘ってくれたんでしょうね。ええ。

ーーじゃあ、慰めようっていうのではなくて、仲間として一緒に行かない?

うん、何か麻雀やるのを3人しかいないよな、あと1人欲しいなっていうときにね、暇そうにしていたから、きっと僕んとこ誘ってきたんじゃないかと思うんだけどね…、まあ、それが良かったのかなって……。
皆さん…、もう私と付き合うってのが、すごく怖かったみたいなんですよ。やっぱり途中で何かあったら自分たちの責任になるんじゃないかっていう、ね。
どっか遊び、一緒に遊び行ったって途中で何かあったら、誘ってた仲間が責任を感じちゃうんじゃないかなってことでね、ちょっと神経使ってたみたいですけどね。ええ……。
なかなか、そこんとこはね、微妙なところがありましたね、正直言ってね……。周りの人は、みんな元気だったからね…。

会社に6,000人ぐらい工場にいたんですけど…、第1号だったんですよ、ペースメーカ入れたっていうのは、もう6,000人の中に僕しかいなかったんだよね。
だから、えー、実に(笑)、あの、寂しかったし、心細かったからね。そういう点では、誰も見本がいないんですからね…、それが一番きつかった。
今はね…、結構周りの人には、ペースメーカ入れているんだよっていう人は結構いるんだよね。でも、言わないだけでね……だから、そういうときってやっぱりね……、まあ…、孤立しちゃってるんだよね、患者ってのは。
で、いかにそこをね、こう仲間が、僕がさっき今言ったみたいに麻雀に誘ってもらったり、ハイキングに誘ったり、そういったことがやっぱりね、実にこの健康を取り戻す源になるんじゃないかなっていうふうに私は、思ってましたね。ええ……。

私は: です。

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