仕事とのかかわり
ここでは心臓病と仕事の関わりについての語りを紹介します。
わたしたちのインタビューでは、多くの人が心臓病を発症したときに仕事に就いていました。
仕事と心臓病発症
インタビューに協力してくれた人たちはさまざまな仕事に就いており、その負荷と心臓病の関係について語っていました。
大学の教員をしている男性は学期末に仕事が集中することの負担について、また個人事業主の男性は収入の不安定さがストレスとなったことについて話していました。
次に紹介する人は、昼夜逆転の仕事について話しています。
仕事中に心臓病を発症した人たちもいました。
インタビューに答えてくれたある男性は、外気と気温差が激しい冷蔵庫の中で荷下ろしの仕事中に心筋梗塞で倒れたと話しています。
仕事への復帰
退院して、職場に復帰した人たちは、その経験や復帰を支援してくれた会社の取り組みについて語っていました。
仕事への取組みの変化
心臓病の治療後は再発や病状悪化を防がねばなりません。病気になってから仕事への取り組み方が変化したと話した人たちもいました。
病気の開示と相談
心臓病をもちながら仕事を続けるには、職場の上司や同僚からの理解や協力を得ることが必要であり、病気を開示するかどうかは重要な問題です。
次に紹介する語りでは、病気のことを会社や同僚に明かしたことで配慮されたと話しています。
一方で必要以上に病気のことは話さなかった人たちもいました。
職場の人間関係
職場の人間関係が、心臓の病気を抱えながら働き続けることに影響を与えていました。
次の人は、病気になった人と付き合うことの難しさがあったのではと仲間の気持ちを推測していました。
一方で、職場や同僚の配慮に甘えることが心苦しいという人たちもいました。
元気そうに見えて求められてしまう負担があり、どう折り合いをつけるかは今後の課題だと話す人もいました。
職場の人との関係性や仕事のやり方について主治医の助言が役に立ったと話す人もいました。
離職・転職
心臓病の治療後に、離職を選択した人や余儀なくされた人たちもいました。
そうした人の中には、新たな仕事を得ようとした人たちもいました。
次に紹介する人たちは、自分で元の仕事への復帰は無理と考えたそうです。
医師に相談した結果やむなく仕事を辞めた人もいました。
次に紹介する人は、WPW症候群*の治療後に会社から配置転換を提案されたそうです。
*WPW(ウォルフ-パーキンソン-ホワイト)症候群:心房と心室の間に電気刺激を伝える余分な伝導路(副伝導路)が生まれつきあることで発生する病気。心拍数が異常に速くなる頻脈がみられることがある。
病気の体験から仕事のやり方を考え直し、会社員という働き方を変えた人もいました。
仕事を失うことは、生活の糧や生きる支えを失うことに繋がります。
心臓病を発症して離職を余儀なくされた人の中には、新たな仕事を求めて活動した人がいました。
次に紹介する人は人工透析を受けながら障害者枠での雇用を目指したそうです。
次に紹介する人は、障害者の相談支援センターに紹介してもらい、無理のない形で仕事を始めたいと話しました。
認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

急性心筋梗塞で入院したが、会社が医師と度々話し、無理のないように復帰を応援してくれた(音声のみ)
退院後、しばらく休職し元の仕事に戻って2カ月になる。復帰プログラムが用意されていて、徐々に仕事時間を延ばした
心筋梗塞の治療後、職場復帰したが「しんどい」と言えるので、明日やれることは今日やらないようにしている
一時期に無理をして頑張るのではなく平準化して仕事をやるようにすることで、体も安定してきたような気がする
もともと研究職だったが残業規制があり、やりたい仕事より同僚に迷惑をかけない仕事に配置転換をした方がいいと考えた
入社時に僧帽弁閉鎖不全症がわかったが、周囲に伝えたことで悪い影響はなく、むしろ仕事の量や範囲を調整してもらえた
子どもの頃に手術を受けたことは周りにあえて話していなかった。入社後に手術をした時初めて心臓病と知った人が多い
ペースメーカを入れた当初、会社の同僚から近寄りたくないという雰囲気を感じたが、付き合い方がわからず怖かったのだろう
急に入院したので辞めるにしても段取りをつけてからと看護師の仕事に復帰したが、周囲の求めと折り合いをつけるのが難しい
WPW症候群で手術後ビル管理の子会社に移った。営業でバリバリ仕事をしてきたので残念だったが、身体は楽だった
障害者雇用の現実にショックを受けたが、前職での経験を活かして給料とか仕事内容が魅力的なものにアタックできた
