診断時:48歳
インタビュー時:52歳

1997年に炎症性乳がんの診断。化学療法、乳房切除術、再建手術、放射線療法、タモキシフェン投与。

語りの内容(テキストのみ)

私はその日、不安でたまりませんでした。どのような治療なのかわからなかったからです。痛みがあるのか、気分が悪くなったりするのか、どんな反応を示すのか、とにかくわからなかったのです。とても精神的に辛い時期でした。ヒックマン・カテーテルや薬剤パックやポンプを見ると常に思い出すからです。鏡をみればなおさらでした。それで、最初はしばらく低用量を続けました。逃げられないという気がしました。いつもすぐそばにあるのですから。ポンプからはどうやっても逃げられません。シャワーを浴びる時も、ラップで包んでそばに置かなければなりませんでした。夜、ベッドに入っても枕の下に入れておかなければなりませんでしたし、時々忘れてしまいベッドから起き上がった時に「うわっ、まだ繋がれているんだったわ」と思いました。慣れるまでが相当辛かったのですが、実際なんとか慣れた後は大丈夫でした。

私は: です。

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