診断時:50歳
インタビュー時:57歳(2010年5月)
インタビュー介護者04 の妻
元立体絵本の作家で、夫と2人暮らし。2003年6月、「若年性アルツハイマー型認知症」と診断される。現在は、大学病院の専門外来に通院中。夫が主治医に相談しながら、アリセプトの他に、個人輸入のメマンチン、八味地黄丸などを購入し、それを服用している。3年ほど前から家事ができなくなり、見当識障害*が現れたため、週3回の家事援助と週1回のガイドヘルパーを依頼している。週に1回はデイサービスに通う。

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プロフィール詳細

Y.B.さんは、立体絵本の作家で、グラフィックデザイナーの夫と母の3人で首都圏の一軒家で暮らしていた。2002年11月頃、がんの母の介護でY.B.さんは毎日病院に通っていたが、何か違和感があって精神科にかかった。当初、介護負担に伴ううつと診断されたが、半年経ち、症状が若干違うことや、抗うつ薬の効果も現れないことから、都内の神経内科を紹介された。そこで、SPECT 、MRI 、心理テストなどを受け、受診から3カ月後に「若年性アルツハイマー型認知症」と診断された。
Y.B.さんは母親の看病、自分の病気治療、その上家事までこなし、死にたくなるほどつらかった。母の告別式の時に、親戚に向かって自分が若年性アルツハイマー型認知症になったことで、十分世話をすることができなかったことを悔い、詫びた。その後、生活圏の同じ団地に転居した。
障害は順を追って現れているが、診断後早い時期から空間認識が上手くできなくなり、立体絵本の創作活動は断念した。4年前から、漢字、カタカナ、ひらがなの順で書けなくなり、3年ほど前からやはり同じ順で読めなくなった。計算能力も同じように低下した。同じ頃に料理や道具を使う家事、掃除・洗濯などができなくなった。今は見当識障害*が現れ始め、季節や時間、自分のいる場所が分からなくなってきていて、ひとりで外出はできなくなった。
夫は少しでも進行を遅らせたいと、診断を受けた病院の臨床心理士と相談し、Y.B.さんは、パズルや積み木やら脳の機能回復訓練を受けることになった。やり続けても上達することがなく、ストレスとなってしまい、1年半後には転院して、脳トレーニングがなく、進んだ情報が入手できる大学病院の専門外来に移ることにした。
6年ほど経過して、Y.B.さんはスーパーで隣の人のものまで自分の袋に詰めようとしたり、外で道に迷ったりすることが増えた。夫が写真付きのような「若年性アルツハイマー型認知症であることと、住所など」を書き込んだIDカードを作ってくれて、それを首にかけて出かけるようになった。それがあると、自分の状況を周りの人に理解してもらえるので安心である。現在、家事は週に3回ヘルパーさん、他の日は夫が担当している。週に1回はガイドヘルパーさんをお願いし、いいと評判の映画や大好きなスイミングに連れて行ってもらったりしている。またデイサービスにも週1回通っている。
Y.B.さんは昨年の冬から足の関節がガクガクとなって力が入らず歩けない、立ち上がれない様な神経症状が出てきた。治療薬を飲み始めている。Y.B.さんは不安なこともあるが、それはどうしようもないと、考えている。病気になってから始めた「落語絵本」の読み聞かせなど、今できることをして喜んでもらえるのがうれしい。夫は子どもや障害児向けの集いでやってみることを考えているようだ。
*見当識障害とは、自分がいま置かれている状況(場所・時間・人間関係)などの認識に障害があることをいいます。

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