インタビュー内容テキスト

―― あの、介護の知識がなくて勉強されたということだったんですけれど、お父さまのその認知症として寿命まっとうされたときの、こう、進行の具合とか、予後っていうのは、想像できるような。

うーんと、予後っていうのはあれですか? 病気が治る、うーん。

―― 病気が進行して、みんな、あの、誰でも100歳、110歳になれば寿命、天寿まっとうするわけですけど。

ええ、はい。

―― 病気進行して、その、これからお父さまが、その、天寿まっとうするまでっていうようなことは、こう、(病気に関する)本を読めば、ある程度分かったものなのか、それとも、本からはそれは難しいのか…

うーん、だいたい分かったんですけど…。ええ。少しでも父が家にこう、いられればいいと思っていたんです。だから、うーん、もうちょっと何で、私の退職まで待ってくれなかったのか。そしたら、そっちのほうの、介護のほうの勉強とかして、こう空いている土地を使って、何かデイサービスやグループホームのような施設を建ててやろうかな、そうしたら父の帰宅願望も叶えられるなんて考えていたんです。そっちの土地も空いてるし、あの、東側の土地が空いてるんで、まあ、作るのは、全然、ほら、知識もないんで難しいし、分かんないですけど。そういうことを、ま、考えたこともあったんですけど。で、そうですね。計算外っていうか、よく、あの、あれですけど、想定外っていうか、あれなんですけど。

―― そうですね。

ええ。もうちょっと、あの、長く生きてたかなと思ったんで、えー、あんまりこう。

―― 定年までは、あの、病院や施設で、あのー、頑張ってもらって、定年になったら、おうちを少し改造してでも一緒にと思ってらしたんですね。

そうですね。で、まあ、老人ホームに入った時に介護保険の申請をして1級の認定が出たけれど、手すりをつけた時はすでに入院中だったので、自費で取り付けたんですけど、結局そのまま亡くなったので、1回も使うことはなかったんです…。

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