認知症の進行と家族の役割

認知症の経過は、合併した病気や認知症のタイプ、年齢などによっても異なり、また個人差があります。今回、インタビューをした介護者のうち、認知症が進行した家族の最期を看取る経験をした人は7人いました。診断を受けてから看取りまでの期間は約1年から12年までの幅があり、最も長い経過を辿った人は50代で若年性アルツハイマー型認知症と診断された男性でした。ここでは、認知症が進行した状態にある家族の介護や意思決定に関する語りをご紹介します。

認知症の進行に伴う症状

認知症が進行すると、多くの場合、認知機能の低下が著しくなるとともに、神経症状やその他の症状も見られるようになります。歩行障害・運動機能障害、パーキンソン症状(※)、けいれん発作(あるいはてんかん発作)、意識障害、嚥下障害(うまく飲み込めなくなる)などの症状が生じることがあります。嚥下障害によって誤って気道に水分などが入ってしまい(誤嚥)、肺炎(誤嚥性肺炎)を起こし、その状態が重症となり危険なこともあります。また、誤嚥を恐れて水分摂取が減って脱水になることもあります。こういった症状は起こらないこともありますし、いつ頃生じたかということも人によって異なっていました。

※パーキンソン症状とは、手足の振るえ、筋肉のこわばり、動作が緩慢になるなどといったパーキンソン病で見られるような症状です。

また、若年性アルツハイマー型認知症の妻の場合はけいれん発作などに先行して、歩行障害や転倒が見られたと話す男性もいました

ある女性は、脳梗塞の既往がある父親がアルツハイマー型認知症とわかり、6年経った頃、初めて経験したてんかん発作に驚いた経験について話していました。

また、ある程度、進行するとパーキンソン症状が加わり、歩き出すと途中で止まらなくなったり(突進歩行)、反対に、歩行の途中で足が前に出せなくなる(すくみ足)などの現象が起こることもあります。これはどのタイプの認知症にもさまざまな原因によって起こりえますが、レビー小体型認知症はパーキンソン病の類似疾患ともされており、割合早期に起こることがあります。「認知症のタイプと症状の違い 」を参照してください。

100歳を超える母親を介護する女性は、数年前から老健から在宅に復帰しても、数日のうちにご本人が転倒して大腿骨を骨折したり、下血したりしたことから、自宅で介護することが怖くなったと話しています。認知症がなくても超高齢の方は、環境が変わることがストレスとなって事故や病気につながることもあります。できる限り住み慣れた環境で、穏やかに過ごすことが理想ですが、実際には介護サービスの提供体制や施設の収容人員などの制限があって難しいようです。

認知症の進行に伴う意思決定

病状が悪化すると、その病状に対してどのような治療をするのか、どこまでするのか、もしくはしないのか、といった難しい選択を迫られます。あらかじめ、本人の意思が確認できていれば、判断をしやすいのですが、意思がわからず、既に確認できる状態でなくなっているとき、家族は認知症になる前の本人の思いを推測し、本人の生活の質(QOL)を高めるにはどうすればよいか悩みながらも結論を出していました。今回、嚥下障害・誤嚥という症状に対して、胃ろう(※)を造設するかどうかという点について、複数の人が語っていました。胃ろう造設を含む人工的な水分・栄養補給(鼻や口から管を通して栄養となる流動物を注入する経管栄養や静脈点滴注射など)、急変時に心臓マッサージ・人工呼吸器の装着などの延命措置をとるかどうかといったことは、本人の意思が確認できるときに、事前に取り決めておくことができます(これを事前指示書、もしくはリビング・ウィルと呼びます)。インタビューに答えた人の中には、会話を通して本人の意思を把握していたケースはありましたが、リビング・ウィルなどの書面で治療に対する要望を残していた人はいませんでした。

※胃ろうとは、胃の中と体外をつなぐ経路(ろう孔)を指し、口から飲食することが難しい場合、直接、胃に水分や流動食、薬などを入れられるようにするために行なわれる治療です。 内視鏡を使って胃ろうをつくる手術(経皮内視鏡的胃ろう造設術:PEG)が開発されたことで広く普及しましたが、この他にもさまざまな方法があります。

悩むのはどうするか決める時だけではありません。胃ろうを造らないと決めて、父親が亡くなった後、造らなかったことに後悔の思いを感じている人もいました。

先ほど紹介した、夫の言葉に沿って胃ろうをしないと決めた女性ですが、周囲に確認しながら、慎重に結論を導き出したのにもかかわらず、医療者がそれを十分に理解することなく批判的だったことについても語っていました。

ここまでは胃ろう造設しないと判断した人たちの語りを紹介しましたが、次に紹介するのは父親に確認し、胃ろうをつけることにしたという女性の語りです。

別の病気の治療をどうするか

前項にも関連しますが、どこまで治療するのかという判断を行うことは家族にとって非常に難しいものです。命に直結する病気であれば、なおさらです。がんと診断された認知症の母親を看取った女性がどのように意思決定したかについてインタビューで答えています。鍵となったのは、頭からわからないと決めつけず、本人の意思を確認したことでした。

また、姑を看取った別の女性は、肺炎を繰り返す姑の肺に水が貯まって腫瘍の可能性があるわかったとき、医師の説明でこれ以上検査をしないことを決めたそうです。どちらの人も医療者の助言はこれ以上、検査や治療をしない方向のものでした。

看取りの実際と見送り方への希望

実際に看取りを経験した人の中には、自然でその人らしい最期だったと満足している人も、思い描いた最期でなくて後悔の思いを持っている人もいました。あえていろいろ治療を受けずとても自然な形の最後だったという人たちがいた一方で、次に紹介する女性の父親は最後まで頑張って治療したところが父親らしかったと話していました。

診断から1年くらいで父親が亡くなった男性は、急な肺炎の悪化で予後の見込みを立てることができず、自分が定年を迎えるまで施設でがんばってほしかったと家で看取れなかったことへの後悔の念を語っていました。

これから看取りの時期を迎える介護者は、どのような見送り方がしたいかについて話しています。多くの人がその時期がやがて来ることを認識し、できるだけ自然でその人らしい形で迎えてほしい、できれば自宅で見送りたいと話していました。

しかし、自宅で看取ることは怖いと話す人もいました。100歳を超えた実母を介護老人保健施設(老健)に預ける女性は、施設にいるときに亡くなったら客観的に受け止められるが、自宅で死を迎えるのはつらいと話しています。