投稿者「dipex-j」のアーカイブ

障害学生の語り

盲ろう者のほとんどは家に引きこもっていて、他の盲ろう者を知らないまま過ごしている。行政に支援の必要性を訴えていきたいし、大学に行けた自分はその意味を考えたい(手話)

全国の中の状況を見ると、ほとんどの方が、まあ、盲ろう者のほとんどの方が家に引きこもっているような状況が見られます。他の盲ろう者がいることを知らないまんまに生活をしていたり、大会に来ることのない盲ろう者がいたりなどが課題だと思います。盲ろう者の行事などに集まれる盲ろう者というのは、先ほど1万4,000人いると言った盲ろう者の中に1,000人ぐらいの方です。そのぐらいの方が集まっているという状況です。つまりそういう、まあ、集まれるのは10%ぐらいしか集まれていないということですね。

――分かりました。そうすると、ご自身としては、その、10%ぐらいしか集まれていない方が、もっと広がるようにとか、もっと家から出られるようにとか、あのー、そのために何か、ちょっと大きいことかもしれないですが、ご自身は何かできることがあるかなっていうことを思ったりしますか。

そうですね。今、盲ろう者の団体では、家に引きこもっているような盲ろう者に対して、まあ、そういう掘り起こすような活動はしておりますが、なかなか進まない、進みにくい状況があります。例えば、市役所に行っても、個人情報の関係もあって、誰が、どんな方が、盲ろう者がいるというところまで教えていただくことはできません。ですので、自分が活動するだけではなくって、まあ、全国、県など行政に対して理解を、まあ、理解を広めることが必要かなというふうに思います。

――分かりました。理解を深めるために、ほんとにあのー、いろんな方法があると思うんですが、こう、どんなことがあるともっと、社会のほうも、あとは行政のほうも、あのー、盲ろう者に対してとか、障害を持つ人に対して理解が深まるかなあというふうに思いますか。

例えば、今われわれが活動している中でも伝える必要があるとは思います。僕の場合は大学に通うことができています。また、大学院にも入ることができました。その意味は何かということも伝える必要があるかなというふうに思います。で、今、お話ししました内容なども、障害学生だけではなくって、盲ろう者に対しても、またさらに、まあ、行政、全国の行政に対しても伝えていかなければいけないことだなというふうに思っています。

障害学生の語り

子どもの頃にノートが取れないとだめだと言われたり、縦笛が吹けなくて留年寸前までいった。だがみんなが同じことができるわけではないし、学び方は一つではない

うーん、とにかくですね、周りの人に無理やり合わせることはやめさせて、やめてほしいですね。だから僕も子供の頃にノート取れないと駄目だ、駄目っていうのはどうやってもノート取れない人ってやっぱりいるわけだし。でも、ね、それ学習方法って画一じゃないよねっていうのはやっぱあって、ね、暗記が得意な子もいれば、得意じゃない子もいるわけなんだけど、学習方法って人によって違っていいはずだし、そこもね、学び方を、選択肢を多くしてくれるとか、ね、どの学び方がこの人にとっては合っているのかなっていうのを一緒に探っていくって、そういうことあるとすごくうれしいですね。ええ。勉強っていうのはね、本当ね、苦痛じゃなくて楽しいってことをね、伝えてほしいですよね。はい。

――先ほど、あの折り紙で、もしその折り紙をもっと前から知っていたら数学は嫌いにならなかったと。

そうですね。数学は嫌いにならないで済んだわけだし、うん、やっぱりね、僕は、もう高校ね、あの、数学全然駄目で卒業できませんってレベルまでいったんだけど、たまたま最後はね、確率だったんですよ。確率っていうのは僕、ゲーム好きですから、高校のその確率なんてせいぜいさいころ2個ふって出る目とか、トランプの赤いカードを引く確率とか、そのレベルなんですよ。こんなのね、これ、数学なの?と思って、遊びじゃん、これと思ったんだけど。まあ、ただ、確率苦手な子もいるんですけど、僕は救われたっていうのがあって、それがなければ僕、ね、専門学校、進級決まってたんですけど卒業できない、取り消しですって、まあ、変な話なんですけど。
あと、ひどかったのは、縦笛吹けないで、何で高校生で留年寸前までいくのって話なんだけど、できなくてもいいじゃん、なんだけど、押し付けるなよって話なんだけど、あんなのさ、不器用な子に縦笛なんて、ね、苦痛にしかならないんだから、押し付けないでねっていうとこあるんだし。ね、美術の先生にも、どうしても僕、不器用だから絵うまくないんですよ。「おまえのは見る価値がない」って言われちゃったりした、したことあんだけど、ね、でも、はみ出すことをちょっと許してよね。はみ出す許容範囲。はみ出してもさ、人間っていいんだよね、何で型にね。大量生産に僕、なれない人間だったから、ね。でも、はみ出す人を受け入れるゆとりっていうのをもっとね、今の日本の社会ってね、まあ、ね、閉塞(へいそく)感強いっていうけど、はみ出す人を楽しむ余裕ってね、もうちょっと。

障害学生の語り

短腸症は、指定難病の検討会で検討されたが落ちてしまい、地域の制度が使えない場合は通常の三割負担になる。そのため常に経済的なことが、自分の生活にかかわってくる

あとは、やっぱり医療費っていうのがやっぱり重いので…、その難病指定の部分をもうちょっと拡大してもらいたいなっていうのがあります。えー、短腸症が、短腸症っていう名目で、あの…、厚労省の検討委員会に掛けられているんですが、今年も、落ちてしまって難病指定にはなっていないんですけども、はい。なんで地域の、まあ、福祉医療に該当していればいいですが、そうじゃないと通常の3割負担になります。はい。なんで常にこう、お金がやっぱり関わってくる。でも、自分はそれなりに稼げない…、っていう、かなり負の連鎖になってしまって、そういうのもやっぱり社会に出ていくモチベーションを下げてしまう原因なのかなっていうふうに思います…。あとは、そうですね、多分今の会社とかの仕組みだけだともしかしたら限界なのかなっていうのも、うすうすちょっと感じてはいるんですけれども。うーん…。

障害学生の語り

当時は大学でヘルパーが使えなかったので、食事の際は友人にスプーンを取ってもらうといったことをしていたが、トイレは頼めず、有料のヘルパーを頼んでいた

何か、やっぱ、自分のときは何かヘルパーが使えなかったから、何か、やっぱ、あの、そういう、何だろう、何て言ったらいい、何だろうな、えーと、自分、自分の…、まあ友達、友達とかでも、やっぱまかない切れない部分とかも、部分とかもできちゃ、出てきちゃうので、やっぱりヘルパーさんとかがもうちょっと充実したらいいんじゃないかなとは思ってます。はい。

――分かりました。あの、えーと、ご自身のときはヘルパーさんが使えなかったっていう話が中にも、何回か出てきたかなと思うんですけど。

なので、有料で全部やってたので。

――ちょっと、そういう支援、支援のこととかを、あんまり知らない方が見るっていうのもちょっと想定してそのあたり、もうちょっとだけ伺いたいんですが。生活の介助はヘルパーさんが使えたんですかね。

えーと、まあ、大学内で、その介助をするっていうこと自体駄目だったので。

――駄目だったんですね。それは大学内で、大学内の中で、例えばこう食事、食事のときとか、さっき、昼休みが短いっていう話だったんですけど、お食事とか、えーと、お手洗いとか、そういうときはご自身はどういうふうにされてたんですか。

ともだ、うーん。食事は友達に、スプーンとか取ってって言えてたときもありましたけど、やっぱりトイレまではちょっとさすがに恥ずかしくて頼めなくて、やっぱり有料でヘルパーさんを派遣してました。はい。

障害学生の語り

聴覚障害に関する日本の基準は、世界とはかけ離れており、他の国だと自分より軽度でも支援がある。日本は検査も音が聞き取れるかだけで、言葉の聞き取りの判断がない

日本の基準はすごく世界と懸け離れていて、えーと、私の聞こえでやっと一番下の6級が取れるレベルなんですね。他の国に行くと、もっと聴力が軽い方でも障害者手帳を取れるんですけど、日本では取れないですね。で、検査の内容っていうのが、ピーっていう音が聞こえるか聞こえないかっていう判断なので、言葉の聞き取りの判断は基本的には、うーんと、基本的にはないので。ただ、その、うーんと、障害の、まあ、感音性難聴とか伝音性難聴とか、まあ、難聴の種類を分けるのに、その言葉の一文字、一文字の識別はするんですけど、はい、言葉の識別はしないので、デシベル数と日常生活は一緒にはできないですね。同じ50デシベルでも、あの、聞き取りが良い方と良くない方と、はい、補聴器が有効的に使える方と、使えない方といらっしゃるので、はい。

障害学生の語り

本をスキャンしてデータで読む作業は、ものすごい労力がかかる。最初から書籍データを入手できる場合もあるが、それを著者が許可していないこともあり、改善が必要だと思う

目をつぶって、ここからここまで僕が欲しい、関心事がある、論文で引用した文章が書いてあるっていうのは見えませんからね、全部スキャンしないと駄目なんです。

――基本的には、じゃあ全部スキャンをしているっていうような感じ。

例えば、教官、まあ、教員が、あの、ここからここの範囲を引用して、何かレポートを書いてこいって言われた場合は、そこからそこのページを、あの図書館のスタッフにちょっとお願いをして、えー、分かるように紙で挟んでもらって、その範囲をスキャンすることはできるんで労力は楽でね、そんな大変じゃないんですけど、あの、論文の引用をするときっていうのはどこに何が書いてあるかは最初は分からないので、特に目次っていうのは、もう、あの点・点・点・点・点・点で何ページ、点・点・点・点・点、何ページって書いてあると、それは文字として読まなかったり、その順序どおり読んでくれないので、もう目次のページ、ページは何が、どこのページからどこのページまでが、どういうタイトルのものが書いてあるかっていうのは解釈できないんです。

――じゃあ、もう本当に全部をコピーをして、スキャンして、OCRに掛けて、全体確認して自分が必要なところを特定するっていうような、そういう作業になるっていうことですか。

そう。そうなんです。全くそのとおり。

――すごい労力ですが、でもご自身としては…、その「マラソンのようで楽しい」という今言葉が出てきたんですが、それは本当にご自身にとっては必要だし、楽しい時間っていう感じですか?

ですね。楽しいし、嫌じゃ、嫌だと思ったことがない。で、面倒臭いなとは思うことはあるけど、もっと、目次だけでも何か、そういうパソコンで読ませるようなデータ、ワードデータでどこか提供してくれないかなと思ったりしますが、ないし。まあ、一部の書物に関しては、あの、WordデータないしテキストデータないしPDFデータでも、あの、頂けるところはありますが、それは著者が許可していないと駄目なんですね…。なので、非常にそういうところは苦労するとこなんだと思います。そういう意味で、もしかしてですね、僕はこれを楽しんでますけれど、もしこれを労力だと思う視覚障害者がいたら、ものすごい壁だと思います。面倒臭いです。うん。だから、これは、たまたま僕は楽しんでますけど、これは改善したほうがいいところ。何とか、その、それも大学側ないし、えー、出版社側ないしが、そういうところをですね、もっと知っていただきたいなとは思うのですが、それを声を大にして言っていく方は今までおらっしゃらないようです。いらっしゃらないようですので。

障害学生の語り

看護師は病棟で働く人が一番多いが、病棟は夜勤が前提になっている。自分は睡眠パターンが乱れるとやっていけないと思うので、多様な働き方があるといい(音声のみ)

病院でやっぱり働くナースが一番多いかと思うんですけど、病院って、まあ、やっぱり夜勤が、するのが前提なので、そうなると私みたいに、こう何て言うのかな…、睡眠のパターンが乱れると多分やっていけないと思うんですね、眠れなくなっちゃったりとか。で、まあ、若い頃はこう何とか気力で、乗り越えられたことがだんだん無理になってきて、それで、まあ、みんな退職していくんだと思うんですけど。まあ…、病院に行くと本当にみんな若いなっていうのが感想で、病棟のナースが。それはいいところもあるけれども…、やっぱりこうね、あの…、経験積んだ人の、意見とかもやっぱり反映されたほうがいいなっていうところもあるし。

まあ、でも、こういうね、患者さんばっかり増えて、スタッフがなかなか、増えない状況ね、なので、難しいかもしれないけど、まあ、いろんな働き方ができるように。例えば、あの、夜勤がちょっと無理だったら、夜勤無しでも病棟で(常勤で)勤務できるよとか、そういうのが、まあ、もしあれば、できればいいかなと思います。もう夜勤できないと外来ってなっちゃうので、あの、まあ外来でもいいんですけどね、でも、やっぱ病棟が好きな年を取ったナースもいるかもしれないので。はい。うん。

障害学生の語り

同僚などのソフト面も大事だが、同時に、社会の制度を根本的に変える必要がある。例えば障害者雇用で入っても、責任ある仕事をさせてもらえないことなどは、課題だと感じる

まあ、ソフト面の部分ももちろん、一緒に、例えば働くってなったときに、うん、同僚だったりとか上司とか部下の理解っていう面がやっぱり、大事だとは思うんですが、それ以前にやっぱり、えー、制度だったりだとか、その会社の制度だったりだとか、その…、社会の制度だったりだとか、結構根本的に変えていかなきゃいけないところが幾つもあるんだろうなっていうのを、自分の、周りの障害のある人たちから聞くと結構そういうのを感じるんですが。例えば、障害者雇用で入っても、あんまり責任ある仕事をさせてもらえなかったりとか、あの、コピーだとかっていう雑務を、主にさせられたりとか。まあ、もちろん給与は何割も低かったりとか。
でも、もちろん仕事の上でのサポートがあんまりなくて、結局体調を崩してしまって辞めてしまうっていう、このサイクルがやっぱり結構いろんなとこで聞くので、どうしていったらいいのかなっていうのもすごく感じるんですが…。うーん……。まあ……、自分が考えるのは自宅でやっぱり仕事ができる仕組みがあればいいのかなっていうのと、あと体調を崩したときに他の人がすぐにフォローに回れるような仕組みがあればいいのかなっていうのがあります。
ただ、これは障害の有る無しとかに関わらなくて、例えば産休、育休でお休みになっている方だったりだとか、あの、体調を崩してお休みされている方だったりとかの社会復帰の部分のところでも多分使えるものなんじゃないかなって思って…、うん。だから自分が休んでも、もう、まあ、いい意味で代わりがいる、いい意味でプレッシャーを感じなくて済む…、っていうのがやっぱり大事なんじゃないかなって思います…。

障害学生の語り

自分が持っている価値観や文化が当たり前ではないので、そうじゃない人がいたときに、何かができない人ととらえるのではなく、文化が違うととらえてほしい(テキストのみ)

思うのは、いろんな人が世の中にいて、それが当たり前になること。それと自分が持ってる価値観とか考え方、習慣、文化が、当たり前なのではなくて、そうじゃない人たちもいて、そうじゃない人たちを、何とかができない人とか、何かが欠けた人とか、そういう目で見るのではなくて、そういう文化を持った人、とか、そういう性質の人っていうふうに受け止めつつ、じゃあ、その人たちが社会の中で生きていけるには、私たちと同じように住みやすい、楽な思いをして、楽しく生きれるようにするには、どうすればいいかを考えてほしいと思います。

そうするためには、やはりいろんな人と接していくことととか、本を読むとかテレビを見るということも大事ですし、想像力を培っていくという教育はとても大事なことだと思います。

障害学生の語り

障害学生支援体制は整いつつあるが、行った支援がこれで良いか、大学は支援内容をきちんとモニタリングする必要がある。自分も今後はそういう点を大事にしていきたい(手話)

障害者差別解消法ができて、大学中も障害学生支援の体制は少しずつですが整いつつあると思います。ただ、逆にいえば、単純なメニュー化になってしまうこともあると思います。いつも思うのは、情報アクセシビリティーに関して、特に大学院で学ぶ学生に対しては、情報アクセスの質がすごく大事だと思っていて、大体通じるでは駄目だと思います。だいたい通じた、分かった、ではまずいと思います。
で、どこまでその質の良い情報保障や支援を求めるのか、用意をするのかを考えると、障害学生の側も、自分が本当に良い支援を受けた経験がない場合は、これが必要だとは言いません。いつも漏れの多いノートテイクを見ていれば、これがスタンダードだと思います。手話通訳も同じで、漏れがおおくても、これが普通なんだと思ってしまう。場合によっては、手話通訳は専門用語の通訳が無理だから、大学院になったら手話通訳は無理だと言う学生もいます。そういう学生は、やっぱり本当にいい通訳や情報保障を受けた経験がないのです。
学生はそこまで求めていない、満足している、みたいに支援者側も誤解をします。言わないから必要ない、言わない、求めないので現状でOKなんだと思ってしまいます。そういうギャップが起きているのをいつも見るように感じます。なので、学生がなにも言わないので問題がないのではなくて、我々が支援した内容をきちんとモニタリングしなければなりません。これからはそういったところを大切にしていきたいと思っています。