インタビュー内容テキスト

今に思えば私にも非がありましたが、この病気で友人を失くしました。「それは、真の友人ではなかったからいなくなったんだよ」って友達には言われたことがありましたけれども、そうばかりは言えないなと。私にも非があった、と思っています。それでも、やはりこの病気になると、お天気屋の体になってしまうんです。今、例えば10時ぐらいに「今日、ランチに行こう」って誘っていただいたとしても、そのときはすごく調子がいいから「行くよ」って答えることできるんです。だけど、さあ、行こうと用意してるときに、体の調子がもう、砂袋を背負わされたような、ものすごい重たいものを体にずっしりと、水を含まされたものを乗せられたような苦しみに陥る…。

――予定通りに行けない。体調が崩れてって、それが一番の原因だったということなんでしょうか。

難しい質問ですけれども、それは年代的なものもあると思います。ただ遊び友達だった時代の友達をすごく大切にしすぎた。私が思い込みしすぎたという、そういうことだと思います。30代で知り合って、私が47で、発病して、そして友達だと思うから、「私、あんまり長くないみたい」みたいな感覚で、先生に「短命だ」って言われているものですから、そういうことをひょっと言ってしまった。それが、相手を引き下がらせる、1歩も2歩も、引いてしまわせた原因だと。それは、私が原因を作ったんだと思っています。
まあ、私みたいな特有なことは、そうそうないと思います。それはそれなりに、上手にお付き合いをしていく方はたくさんいらっしゃると思います。ただ私の付き合い方が下手だっただけだと思いますけれども。
でも、やはり、友人ががんだって知らされて、余命があまりない、短命だっていうことを知ったら、やはり…この人と今までと同じような付き合い方はできないなって、私もきっと思うと思いますし、どういうふうにこの人と、これから先、どういう話をする友達になっていけるだろうかっていう、そういうクエスチョンマークが心の中に出てくるし、そうなってくると面倒くさいなっていう…。そこまで考えて付き合う必要はないなあっていうことになりかねないかなっていうふうに思いますね。
それが逆に、それをそういう状態になったんだから、私がそばにいて、この人をなぐさめてあげようっていう、そういう心の深い、慈悲にあふれた心の持ち主が、私の友人の中に一人でもいたら、今、続いていたかもしれません。

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