インタビュー時:49歳(2014年11月) 疼痛期間:16年  診断名:関節リウマチ

首都圏在住の女性。子育て中の33歳の時に初めて足の痛みと腫れ、手のこわばりを自覚。複数の医療機関を受診してようやく確定診断がつき、プレドニンの内服治療を受けるが強烈な痛みが続く。2002年以降、いくつかの新薬を試して自分に合うものが見つかった。現在は代替療法も活用しながら、ある程度痛みをコントロールして、大学教員として通常の業務をこなすことができている。

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プロフィール詳細

首都圏で、社会福祉系の大学教員教授として教鞭をとっている青山さん(仮名)は、1998年(33歳)から、16年間に渡り、関節リウマチによる疼痛と付き合ってきた。

上の子が8歳、下の子が4歳のとき、足の痛みと腫れに気づいて、病院を受診したが、皮膚科や膠原病科などに回されて、確定診断がつかない時期があり、わけがわからない病気に罹ったと思った。インターネットサイトで治療法や闘病記、医学文献などの情報を自分で調べ、幸運にも現在のかかりつけのリウマチ専門医にアクセスできたことから、関節リウマチの診断がついた。

最初はプレドニンを飲んでいたが、十分に痛みのコントロールができず、ときにはトイレにも這って行くことしかできず、半年で体重が30㎏台に落ちて、うつ状態にもなった。家族の地方転勤で慣れない土地で、家事や子育てをしながら、博士課程の学生として学んでおり、一人で痛みと必死に戦っていた。痛みのために子供の運動会で一緒に走れなかったり、おにぎりさえ握ってあげられなかったりしたのが一番つらかった。

2002年以降、相次いで新薬が登場し、いろいろ試す中で自分に合うものが見つかり、病状が安定してきた。そのほか漢方や、整体、ホメオパシー、ヨガ、瞑想など、自ら様々な対処方法を試みて、調整をはかっている。痛みと共存しながら博士号を取ったことも自分の中の自信となっていると思う。今は痛みが出たら自分の生活を振り返って自分と対話できるようになった。

「リウマチは年寄りの病気」と思っている人が多いので理解されにくい。周囲の人に病気をカミングアウトした時に、茶化されてしまった。「痛い、痛い」と言うことで、周囲が嫌な気持ちにならないように先読みして、自分からあまり言わないようにしているところがある。それだけに医療者には痛いときに痛いと言えるような雰囲気を持ってほしいと思う。

病気を持つ人の相談を受ける側であった者が、自ら病いをもつことで、生物としての自分を感じ、人生観が変わった。どうせいつかは死ぬのだから、生きている間は平和に過ごしたい、と自分と対話することが痛みのコントロールにつながっている。

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