インタビュー時:40歳(2017年2月)、疼痛期間:8年以上、診断名:頚椎症。
首都圏在住の男性。パートナーとその家族と同居。勤務医を経て大学教員となる。脳性麻痺という生まれつきの障害をもっており、車椅子の生活である。書籍の執筆が大学の仕事と重なったことで、左側の首、肩、左手小指にかけての強烈な痛みと痺れが出た。自分の研修医時代をよく知る医師に診察を受け感情を吐露したことで、痛みが和らいでいくことを経験し、現在は当事者の視点から痛みの研究に取り組んでいる。

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プロフィール詳細

医師であり大学教員の熊谷さん(実名)は、脳性麻痺という生まれつきの障害のため、全身の運動や姿勢がうまく調整できない。そのため車椅子での生活を送っている。教鞭をとりながら執筆活動をしている。約8年前、最初の本を上梓したころに、首や肩から指先にかけての強烈な痛みと痺れが出た。元来、筋肉の緊張が強く、首の骨が変形しているため、神経が圧迫されたことが原因で、「頚椎症」と診断された。

痛みが出始めた1ヶ月間は、あまりの痛みに寝たきりになった。自分の体がどうなるのかという恐怖が最も強く、そのためなのか、「左手がサキイカのように小指と薬指が裂けていく」幻覚のような体験をした。手が裂けないようにタオルでグルグル巻きにしたが、目を閉じると手が裂けてくるのを感じ、眠れない時があった。

最初に診察を受けた病院ではMRIなどの検査を受け、治療は安静を保つために、首にカラー(硬い襟巻のようなもの)を巻くことと、痛み止めやビタミン剤の処方がされたが効果がなかった。3ヶ所目で自分が研修医時代を過ごした病院に行き、自分のことをよく知る医師の診療を受けた。そのとき医師は、ひたすら聞くことに徹してくれて、「障害を持っている医療者としての葛藤や傷つき」などの感情を洗いざらい隠さず話すことができたことで、それまでの痛みが楽になったことを感じた。また、医師の「全力で応援する」という言葉に心が温かくなった。自らの経緯を語ることで、痛みに集中していた意識を、自分の外に向けることができたのを境に、翌日から痛みが和らいでいくことを実感し、慢性の痛みを解釈するための転機になった。

痛みのことについて専門書や文献を調べ尽くしても、自分の体で何が起きているのか解釈できなかったことに「疲れ」を感じていたことも痛みが和らいだもう一つの理由かもしれない。回復を諦めたのではないが、自分で調べた知識が信じられないから痛みが止まらないのではないかと考え、「疲れ」そのものが、疑っていた情報を信じることに向かわせた。
慢性の痛みとは、痛みをもつ本人の人生の筋書き(価値や人生の目標)が破綻をきたし、実態と即していない状態を知らせてくれるサインと解釈している。今まで、痛みは自分の目標を邪魔すると解釈していたが、現在は痛みを消すのではなく、自分の目標の立て方が違うと考え、無理な状況がある場合は微修正しながら人生のプランを練り直すことにしている。

外来の診療では小学校高学年ぐらいから痛みを“サイン”と解釈することなどをパワーポイントで説明し、一緒に物語を書き換えていくことで、好転するケースがある。慢性の痛みは“意味のない”痛みだからと対症療法で取り除くのではなく、医療の基本である“症状には必ず意味がある”ということに立ち返ることが肝要である。

痛みについては専門書や疼痛専門医の意見も参考にしてきたが、それよりも慢性の痛みのために薬物依存になった人を含む依存症当事者とのディスカッションを通し、薬を使わずに痛みを治すために編み出した知恵などを話し合い、具体的な知識を得る機会を持てたことが大きく影響していると思う。これまで基礎研究で循環器を専門としていたが、現在は、関心テーマになった「当事者研究」という方法を通じて論文を発表し、情報発信することに軸足を移している。

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