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プロフィール

インタビュー38

インタビュー時:40歳(2017年2月)、疼痛期間:8年以上、診断名:頚椎症。
首都圏在住の男性。パートナーとその家族と同居。勤務医を経て大学教員となる。脳性麻痺という生まれつきの障害をもっており、車椅子の生活である。書籍の執筆が大学の仕事と重なったことで、左側の首、肩、左手小指にかけての強烈な痛みと痺れが出た。自分の研修医時代をよく知る医師に診察を受け感情を吐露したことで、痛みが和らいでいくことを経験し、現在は当事者の視点から痛みの研究に取り組んでいる。

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実際あれ以来、私は当事者研究というものに軸足を移したんですよ。それまでは医学的な研究というんでしょうかね、いわゆる基礎研究とか、心臓を専門にしていたりとかですね、そういうものをずっと追っかけてきたんですけれども。あの、2009年ぐらいに『リハビリの夜』という本を書いたりする前後に、この当事者として自分が生きてきたことっていうのを、自分、発信することにライフワークの軸足を置こうというふうに、ちょっと腹をくくった時期だったんですね。それのきっかけが、たぶんあの慢性疼痛の痛みだったなというふうに、ちょっと今振り返ると思っていますね。
あなたの物語は、私の体、体からのメッセージというか、あなたが持っている物語は私にとってはもう息も切れ切れ、あの、ついていけないというふうに体が教えてくれているというか、そういう感じとして受け止めていますね。

基本に戻ったとも言えるんですけども、あの、よく私が専門にしてる当事者研究で大事にしている概念のうちの1つが症状には意味があるという、当たり前のスローガンがあって。何でそんなスローガンをわざわざ言わなきゃいけなかったかというと、精神医療の中で症状には意味がないっていう慣習が横行してきた。つまり症状は意味がないから取り除くべきだっていうふうな対症療法が、例外的に広まっていた。で、内科とか外科はそんな発想はあまりしないわけですね。症状というのは、あの、意味がある。その意味を教えてくれているサインなんだというのは医療の基本なんだけど、精神科というのはなぜ対症療法に陥りやすいかというと、精神症状というのは、体の中を探っても原因が見つからないことが多くて。その人が置かれている人間関係とか、社会の環境とか、そういうものの中に原因が宿っていたりするわけですね。体の外に原因が宿ることが非常に多くて。なので、その病院の中でなかなか原因が発見できないというふうな構造があったと思うんですよね。盲腸とかでしたら病院の中でも発見できるんですけど。

慢性疼痛も、あの、精神科の症状とよく似ている。そういう意味では対症療法で扱われやすいというか。それ以上の原因を探ることなく、とりあえず痛みを取る方法を考えましょうという流れになりやすいんですけれど、それでいいんだろうか。それで、うまくいくケースはもちろんあるんですが、うまくいかない場合にはちょっとアプローチを変えて、本来の医学的な症状には意味があるっていうアプローチをもう1回振り返る必要があると思います。

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