診断時:57歳
インタビュー時:60歳(2009年1月)
首都圏在住で、妻と2人暮らし。転倒後、腰痛が取れず、血液検査で骨の病気を疑われ整形外科を受診。骨のがんと言われてがんセンターに紹介されたが診断がつかなかった。知人医師のアドバイスで泌尿器科を受診。2005年8月に進行前立腺がんと診断された。頭蓋骨にまで転移しており、余命1年と言われたが、ホルモン療法、漢方、気功等の東洋医学的治療、サプリメントなど様々な治療を積極的に活用し、現在に至っている。

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プロフィール詳細

F.Gさんは、首都圏で居酒屋を営んでおり、仕事を楽しむ毎日を送っていた。2005年、自転車で転んで、尾てい骨を強く打ってしまい、痛みのため足を引きずるようになってしまった。接骨院に通ったが、6ヵ月経っても一向に痛みは引かなかった。

健康管理のため、毎年血液検査は受けるようにしていた。かかりつけの病院で、ALPが異常に高い、骨の病気なのではと言われ、整形外科に行ってみたところ、担当医はレントゲン写真を見て顔色を変え「がんかもしれない」と、がんセンターの受診を勧めてきた。骨のがんを疑われ、あれこれ検査したものの診断はつかなかった。その間も、漢方や気功などを試したが埒が明かなかった。そうこうしているうちに1ヵ月が過ぎ「もたもたしていると、殺されるぞ」と友人の医師に脅かされ、その友人から「前立腺がんじゃないか」という診立てと紹介状をもらい泌尿器科を受診し、PSA値を測ると472だった。すぐに転院して精密検査を受けたところ、頭蓋骨を含む全身の骨に転移している前立腺がんだと分かった。担当医が、妻だけを呼んで話をすると言ったとき「これはまずいな」と感じたが、漢方医の「前立腺がんで死ぬということは、まず少ないから」という言葉を頼りに、やれるだけのことをやってみようと思った。

すぐに入院となり、ホルモン療法が始まった。1ヵ月でPSA値は280まで下がった。退院後は放射線治療を勧められたが、痛みはなかったし、なにより放射線治療は何度も受けられないと聞いていたので、今はまだ嫌だと断ると「あなたの治療は今日で終わり」と言われてしまった。仕方なく別の病院を探し、ホルモン治療(リュープリンとカソデックス)を受けた。

西洋医学的治療だけでなく、妻が調べてくれた、様々な治療法にも積極的に取り組んだ。気功や漢方などの東洋医学的治療をはじめ、サプリメントや飲水療法、玄米菜食など、治るならば何でもやろうと、勧められたものは素直に取り組んだ。そのかいもあって、退院後2、3ヵ月でPSA値は0.1以下まで下がった。

リュープリンの注射は、始めて1年半が過ぎたころ、注射したところが化膿する副作用が出てきたので中止をお願いし、現在はカソデックスのみになった。ホルモン療法は効かなくなると聞いているので、できるだけ長く効果が続くよう、検査結果を見ながら、1ヵ月薬を飲まない時期を作っている。

店はたたんでしまったが、体調も良くなってきたので、友人の店に手伝いに行っている。時にはソフトボールで体を動かしてもいる。がんをきっかけに知り合った仲間たちがいて、まるでずっと前からの友人のように親しい付き合いをしている。同じ病気を抱えた仲間と話すのはとても楽しい。「本当に好きなものは特効薬」という気功の先生の言葉を聞いて、好きなお酒を特効薬として楽しみつつ、がんが大人しくしてくれていることに感謝しながら日々を過ごしている。

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