インタビュー内容テキスト

がんになったら自分は、の人生が短いとかね、あと何年しか生きられない、そういう思いは持ってません。それはもう全然別問題ですね。あの、がんになろうとなるまいとね、人間ていうのはやっぱりいつか死ぬわけですし、生と死という考え方は私、持たないんですよ。あの、「生死(しょうじ)」という仏教ではよく使いますけどね、生と死、生死(しょうじ)という。結局生まれたときから生と死は道連れだろうと。やっぱり生きていくっていうのは死に近づくわけですしね、そこんところがね、生と死という対決したもので見ていくと悩みが出てくるし、苦しみが出てくると思うんです。やっぱりそういうもんだと思っていけばね、そこに死が身近にあろうと先にあろうとね、それはもう避けて通れないっていうのかな、それは当たり前のことだと思えばね、そんなに悩むこともないのかな、と私は思いますね。
あのー、日本人、あんまり死ということを考えませんからね。いつまでも生きて、生きられるんじゃないかっていうような感覚持ってますけどね、やはりそういうもんでもないですからね。だから、割と私は、あの、いろんな人に相談されたり、身内の人にもよく言われますけども、うちで死にたいってよく言いますよね、患者さん、友達でもね。僕はいっつも言うんですけどね、うちで死にたけりゃね、自分であきらめる。そんなとことんまでいい医療受けてね、スパゲティみたくはっ付けてね。家族が介護できないようなね、ものをやって、しかもそれで苦しんで1年も2年もね、治るって分かればいいんだけどね、そろそろうちで死にたけりゃあきらめると言うんですよ。冷たいって言いますけどね、僕は、そう思いますしね。
自分ががんになって、つくづく最近よく、余計に思いますしね。私もがんになってるから、そういう意味じゃ、若干説得力あるんだと思いますけどね。すべてをぜいたくに、すべてを満足させて、…ていうことはなかなか不可能なことでね。なかなか、がんになって死というものを考えたときに、死っていうのは難しいな、と。それをどう自分自身も理解し、人にもどう理解してもらえるのかなってこと考えますね。あの、宗教的な言葉を使ったりなんかすることも簡単なんでしょうけども、まあ、あんまり私も信心深いほうじゃないですからね、なかなかそういうときにいい言葉出ませんけどもね。

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