心理・精神面の治療

慢性の痛みは急性痛とは異なり、心理的側面を含む様々な要因が複雑に絡み合っているケースも少なくありません。そのため、慢性疼痛治療ガイドラインには「心理的アプローチ」という項目が設けられており、患者の心理に配慮した情報提供や教育(心理教育)、認知行動療法などが、重要度の高い治療方法として取り上げられています。なお「心理的アプローチ」は、それ単独で行うより、リハビリや薬物療法など、他の治療法と合わせることで、より効果が期待できるとされています。

ここでは、主に病院や専門機関で提供される「心理的アプローチ」を含む、心理・精神面の治療にまつわる体験者の語りをご紹介します。

認知行動療法的アプローチ

私たちのインタビューでは、認知行動療法について複数の人が話題にしていました。「認知」とは、ものの受け取り方や考え方のことをいい、認知行動療法とは、気分や感情、瞬間的に浮かんでくる思考(自動思考)や行動、身体的反応に焦点をあて、問題に対する合理的ではない思考・行動パターンに気づき、問題へのよりよい対処を目指すというものです。

今回のインタビュー協力者のなかには、認知行動療法を組み込んだ治療プログラムへの参加経験をもつ人、認知行動療法的なやり方を自分で取り入れた経験をもつ人たちがいました。専門病院のプログラムに参加したという人は、全然効果がないと思ったけれど、年単位で経過を見るうちに、杖なしで歩けるようになったと当時を振り返っていました。一方、認知行動療法を含む心理学の本をあれこれ読み、取り組んだけれども効果がなく、諦めたらかえって楽になったという人もいます。

ほかにも、脊椎損傷後の激しい痛みに「支配」されていて、「あなたの場合は、認知行動療法は効かない」と医者からも言われてはいるが、痛みに対する認知を変え、痛みにとらわれない考え方を身につけることを勧める認知行動療法を参考に、痛みがあるからやらないではなく、痛くてもできるだけやるようにしている、と語る男性もいました。

個別継続的な心理(精神)療法、カウンセリング

臨床心理士や精神科医などの専門家と、おおむね一対一で、一定期間決まった時間枠(一般的には1回60~90分)で契約を結んで行う形式の心理(精神)療法、あるいはカウンセリングとも呼ばれる治療法があります。臨床心理士とは(公財)日本臨床心理士資格認定協会による民間資格で、我が国では広く認知されている心理士資格の一つです。具体的にどのような治療が行われるかは、治療者の専門性や施設によって異なります。ガイドラインにある認知行動療法のように、手続きや内容、期間もある程度はっきりしているものから、相談者の状態に合わせ、その都度折衷的に行われるものまで様々です(※1)。

今回のインタビューで、個別の継続的な心理療法を体験したという人たちは、痛みに関連する可能性のある症状―PTSD(心的外傷後ストレス障害※2)や、うつ―をターゲットとした心理療法を受けたと話していました。

※1 心理相談機関の利用にあたってはこちらのリンク(一般社団法人日本臨床心理士会「臨床心理士に出会うには 心理相談機関利用ガイド」)もご参照ください。
※2  PTSD(心的外傷後ストレス障害;Post-Traumatic Stress Disorder):暴力・性的被害・虐待・災害 ・事故などの被害に遭ったり、現場を目撃したりすることが原因で起こる特徴的なストレス症状群。①不快な記憶や考えがたえずつきまとい、②事件に関わる場所・人・事柄などを避け、③自分を責めたり、ネガティブな感情や気分に支配され、④不眠・集中困難・イライラ・異常行動などの症状が1カ月以上持続し、日常生活や社会活動が著しく障害され、苦痛を感じる場合に、医学的にPTSDと診断されます。

※ EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)とは、トラウマ的、苦痛で嫌な人生経験が不完全に処理されたことによって、精神病理の多くが生じている(適応的情報処理モデル)という考え方に基づく心理療法。なおEMDRを含め、治療法の選択にあたっては、専門的見立てに基づき、治療者との相談の上で判断がなされるのが一般的です。

専門家による個別の心理療法は、医療保険が適用されないケースもあり、継続的に利用する場合の金銭的負担について話す人もいました。また利用したいけれど、近くに心理の専門家が見つからないという人もいます。

当事者の視点を活かす―痛みをケアする立場へ

痛みを抱える当事者としての経験を、自分の職業的活動、それも心理的な治療やサポートに活かしていると話す人たちもいました。

次の女性は線維筋痛症のため、ずっと寝たきりだったけれども一念発起し、ある心理的技法を本格的に学んで資格まで取得し、その効果と限界を感じながら、プロとして活動しているといいます。

※NLPとは、Neuro Linguistic Programing(神経言語プログラミング)の略称で、心理学と言語学から体系化された人間心理とコミュニケーションに関する技法のひとつ、とされています。

医師であり大学教員で研究者でもある次の男性は、研修医時代を過ごした大学病院を受診し、そこで出会った担当医との対話がきっかけとなって、痛みが気にならなくなった一連の出来事を、自身の大きな転換点と捉え、現在の研究・臨床に活かしているといいます。「痛みは人生の筋書きに修正が必要なことを教えるサイン」とし、症状の意味を探ろうとする「当事者研究」の視点と、臨床での取り組みについて語っています。

痛いのは私のせい?―心の問題とみなされること

ずっと消えない痛みを抱え、その原因について、気の持ちようや考え方のせいでは?と、他の人、ときには医療者からも言われたり、自分でもそう感じたりして「自分が悪いのか?」と追いこまれた心境に陥ったと話す人は少なくありませんでした。慢性の痛みを心の問題として大雑把にひとくくりにする、専門用語の安易な用い方に嫌悪感や危機感を示す人もいます。

2018年8月公開

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