診断時:79歳
インタビュー時:82歳(2014年4月)
2014年1月から長女一家の住まいに近いサービス付き高齢者向け住宅に独居。夫ががんで亡くなる(2011年2月)2,3カ月前からもの忘れとうつ傾向が目につくようになった。同年10月、大学病院で軽度の認知症と診断された。現在は、以前より続けている謡のお稽古、引っ越してから通い始めたフラダンスのレッスンに週に1、2回通い、愛犬とともに散歩を楽しむ生活。まだ公的サービスは受けていない。

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プロフィール詳細

H.Hさんは2014年1月から、首都圏の郊外にあるサービス付高齢者向け住宅に愛犬とともに暮らしている。それ以前は、長女の家から車で40分ほど離れたところ にある一軒家に暮らしていたが、末期がんの夫を介護中の2010年暮れ頃から物忘れとうつ傾向が家族の目につくようになった。翌年、夫の死後独り暮らしになったのを機に、長女に勧められて大学病院の物忘れ外来を受診したところ、MMSEとCTスキャンの結果から軽度の認知症と診断された。当初はアリセプトが処方されたが、食欲不振・意欲低下などの症状が出たため、レミニールに変更したところ、それらの症状は改善した(長女談)。

夫の死後間もなく東日本大震災が起きたこともあり、母が独り暮らしを続けることに不安を感じた娘2人から、長女の家の近くにあるペット可のサービス付高齢者向け住宅への転居を勧められ、H.Hさんはまだ1人でやっていけると思ったが、娘たちの気持ちを汲んで引っ越すことにした。食事も三食、食堂で出してくれるので楽ではあるが、献立を考えて買い物をして調理をして、ということをしなくなり、認知症が一層進むのではないかと不安になる。

最初に認知症といわれた時は、すごくショックだった。どんどん進行して周りに迷惑をかけるようだったら「もう早く死んじゃいたい」と思ったが、自分が生きていくための理由付けを探した。とりあえずは犬がいるので、犬のためには私が挫折したままではダメだし、40年来続けている謡もまだやりたいと思っている。自分の部屋に一日中こもっていては頭がおかしくなってしまうので、積極的に外に出ようと思い、フラダンスも始めた。

頻繁に顔を合わせる長女は、何かというと「忘れた、忘れた」と物忘れを指摘して、ときには「あんな言い方しなくたっていいのに」と思うことがあるが、子どもにしてみれば親がぼけてくるのは気が気じゃないのだろうとも思う。かわいそうなので、なるべくしっかりしてなくちゃと思うが、それもきっと忘れてしまうのだろう。

思えばH.Hさんの周りに認知症といわれた人はいない。実家の母も年取ってからぼけているといわれていたが、そのころは認知症などという言葉がなかった。そのころは「みんな年を取ればぼける」と軽く言っていたが、自分がなってみると「認知症ってこういうことなんだわ」とずしっとくる。本人がしっかりしているつもりでも、「年寄りだからしょうがない」などという言葉をよく聞いたものだが、昔の人には気の毒なことをやっていたんじゃないかと思う。

みんながみんな年を取ってなるわけではないが、病気と思えば仕方がないのかもしれない。優秀な人でも認知症になるという話を聞いたことがあるので、凡人がなるのはもうしょうがない、という感じもする。

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