診断時:77歳
インタビュー時:80歳(2015年2月)
夫を50代で亡くし長女(52歳)と2人暮らし。2012年4月にMRIで海馬の萎縮、多発性脳梗塞が見られ、「アルツハイマー型認知症」と診断される。長女の全身性強皮症が進行し、洗濯などは長女の分もしている。週に訪問リハビリ2日、リハビリ型デイサービス2日利用し、ヘルパーに掃除を1回依頼している。

※強皮症は膠原病の一つで,皮膚やあちこちの内臓に硬くなる変化を起こすことを特徴とする病気です。

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プロフィール詳細

M.Tさん(仮名)は中学を卒業後、地元の刃物屋に勤め、その後紡績工場に勤務。結婚後は退職し、夫の起業に伴い自営を手伝っていたものの、50代で先立たれる。2人の娘がいる。長女は検査技師として働いていたが、28歳で全身性強皮症を発症。現在は症状が進行し、自宅では杖を使い、外出時は電動車椅子を使用し、週3日、訪問看護を受けている。次女は結婚し、子供が3人いる。近隣に住んでいるが実家に顔を見せることはほとんどない。現在、長女と暮らしており、洗濯などの家事は長女の分もしている(長女談)。

2003年頃 、M.Tさんは、モノをしまった場所を忘れたり、娘に失敗を指摘されることが増え、記憶力の低下を遅らせる薬があると聞き、かかりつけ医の紹介で認知症の検査を受けることにした。100から7を引く計算などはなんなく出来、長谷川式の検査では異常が認められずに、薬を処方してもらえなかった。2012年4月の検査時には、薬を出してもらいたいので、長谷川式でも適当に答えを間違えてMRIまで進んだところ、海馬の萎縮、多発性脳梗塞が見られ、「アルツハイマー型認知症」と診断され、リバスタッチパッチが処方された。「何を食べたかではなくて、食べたこと自体を忘れるような記憶障害がかなり進んだ人が認知症」だと思っていたので、もの忘れが少し進んだ程度の自分が認知症と診断されるとは思っていなかった。

(かかりつけ医が内科医であったため、2013年に認知症専門の神経内科医にも診てもらうことにし、リバスタッチパッチ18mgに加えて メマリー5mgが処方された。徐々に増量し20mg を服用するに至ったが、:長女談)2015年に入り検査結果(CK:クレアチンキナーゼが高値)をみて、メマリーの服用を休んだ方がよいと言われ服用を中止したが、とたんに自分でもおかしいと思うくらいもの忘れがひどくなり、とんちんかんなことをして娘に迷惑をかけることが多くなってきた。次の受診では、もう一度薬を出してもらうように主治医に頼もうと思っている。最近は脳が疲れたという感じがして何も特別なことをしていないのに、1日がとても早く経っていくので、それだけ自分のすることが遅くなったのだろうと感じている。さらに進んでしまって、これ以上娘には迷惑をかけられないし、どうしようという不安は常にある。

週に2日行くリハビリでは、ストレッチ体操にエア自転車こぎ、電気マッサージの後、手でマッサージを受け、その合間にお茶を飲んだり、トランプをして1日を過ごし、他週2日は訪問リハビリを受け、1回ヘルパーさんに部屋の掃除をお願いしている。また、足は痛いが、足腰を鍛えるつもりで週1回、片道1時間20分かけて大型食品スーパーに買い物に行っている。買うものを書き出して、メモを片手に出来るだけ値引きされているものを選んで買ってくるようにしている。
少しでも進行を遅らせようと、娘が一緒にしようと取り寄せてくれた曼荼羅絵手紙を書き始めた。色鉛筆で絵に色を塗って、その下に、その日のうれしかったことをひと言書いている。長女に助けてもらって毎日生活しており、助けてもらえなかったらどうなってしまうのかと思う。他の認知症の人にも頑張って欲しいし、その人たちを他の人たちが助けてあげて欲しいと願っている。今はまだそれほど不安はないが、先々のことを考えるととても不安になる。自分で生活できなくなったら老人ホームに入るしかないと思うが、100人待ちの状況と聞いている。お金がなくても安心して入れるような施設があれば良いと思う。

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