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インタビュー時:53歳(2020年1月)  
診断時:0歳(心不全は38歳)  
診断名:先天性心室中隔欠損症、アイゼンメンジャー(アイゼンメンゲル)症候群、発作性上室性頻拍
近畿地方に妻と子どもの4人暮らし。会社員。

生後1年で先天性心室中隔欠損症、5歳の頃に肺高血圧症を合併するアイゼンメンジャー症候群と診断。
心肺同時移植しか根治治療がないため、経過観察してきた。
30代に入り、上室性頻拍となるがカテーテルアブレーションは受けていない。38歳でうっ血性心不全となり入院。40代になり、難病認定を受けた。
自分なりに無理のないよう工夫して生活を送っている。家族が支えであり、楽しく生きられたらと思う。

語りの内容

仕事でも同じで、やっぱりこの病気を持ってると、産業医から、残業規制だとか、そういうような就業制限を掛けられてしまうので、

それが原因で、どうしても、ちょっとこの職場にはいられないなっていうことで、移ったりとかっていうのを実際してるんですね。
もともと、私、会社入ったときには、研究職で入ったんですね。
その理由も、「研究員だったら、時間を自由にできるでしょう」みたいな感覚だったんですけど、確かにそう、自分である程度融通が効くので、非常に、助かってはいたんですけど。
ただ、やっぱり、うちの会社の研究職も、結局、成果を出さないと、プレッシャーも、お金に直結するような研究成果を出さないと駄目だっていうことになってくると、ほとんど事業部と同じような状態になってきてしまって。

研究員の仕事を、途中で、自分でできるはずなのに、そこは時間的な制約があるから、「じゃあ、誰々君、やって」という形で、他に回されてしまって、私はもう帰らなきゃいけない。
みんなはもう一生懸命残業をやって、一生懸命やってるところを、私はもう、とっとと帰らなきゃいけないと。
そういうので、ちょっともうこの状態では厳しいなと思っていて、まあ、途中で研究職も「辞めたいです」っていうことで言って、さっき言った、38歳で心不全をやったのを機に、スタッフ職、間接部門のほうに異動したいと。
「ただ、間接部門も暇じゃないんで、やっぱり忙しいので、同じだよ」とは言われたんですけど。
ただ、ある程度、そこは研究職でやってるときよりも、もうそこで割り切っちゃって、間接部門の仕事は、ある程度ルーティンワークの部分が多いので、自分の中でできる範囲のものであるならば、まあ、残業もそんなに増やさずに、できるだろうと。
当然、時間制限を受けて、漏れる部分があるんだけど、それは、多分研究員でやってるころよりも、多分、みんなに対して、負荷は減るだろうと思ったんですね。
研究員だと、もう慢性的に忙しいので、みんなに仕事を回さなきゃいけないっていうことになって。
間接部門になると、ある程度ルーティンワークの中でやって、イレギュラーなことがあったときだけ、だめならば、他の人に手伝ってもらうぐらいな感じなんで、まだ負担は少ないのかなと思って。
40ちょっと過ぎたぐらいのときに、まあ、ようやっとスタッフ職のほうに移って、今現在に至ってるって感じなんですね。

なので、そういった、仕事の、何だろうな、自分がやりたいか、やりたくないかっていうことよりも、やれるか、やれないかの中で、仕事を選ばなきゃいけない。
やれるか、やれないかって言葉は語弊がありますけど、要は、周りにあんまり迷惑を、負荷を掛けずにできる仕事をこう選んでるっていう、まあ、ちょっとやり方をしてるのかなと。
「それが楽しいの?」って言われると、それは分かんないんですけど、まあ、どんな好きな仕事でも、周りに負荷を掛けてやるんだったら、私はあんまりやりたくないんですね。
それだったら、別にやりたくない仕事でも、周りにできるだけ負荷を掛けないで済む仕事を、できれば、やりたいっていうのが、ちょっと自分の中に。
やっぱり、この病気だと、小さいころからずっと周りに、いろんな人に迷惑掛けて生きてるので、掛けなくて済む迷惑ならば、掛けたくないんですよ。
だから、それのために、何か、自分が我慢することはそんなに嫌ではないので、むしろ、掛けなくていい迷惑を掛け続けるほうが嫌なので。
そういう形で、仕事に関しては、自分が抑えれば、何とか、自分が少し我慢すれば、そこの負担を、みんなの負担を減らせるんじゃないかっていうのができるなら、やっていこうって思って、今、やってます。

私は: です。

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