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前立腺がんの語り

転移という悪魔に取り憑(つ)かれないようにしたい。ホルモン療法を受けながら、がんと仲良く長生きするのもいいが、いつの日か完治を目指そうと思っている

ただね、いつも何がしか…あんのは、うーん、転移ね、これだけですね。転移という、そのね、これははっきり悪魔ですね。転移という悪魔に、えー、取り憑(つ)かれないように何とか、したいなあということが一番ですかね。あとはもう今並でね、えー、仲良くがんと一緒に長生き出来るような気がするんだけど。それとさっき言ったその、ここで機運に乗ってね、がんとおさらばを決めるかどうかだね。そういう選択肢をこれから模索していきたいと思っていますね。

――おさらばっていうのは、どういう状態になったらおさらばなんでしょうね。

うん。あの、やっぱり、えー、根治っていうのはありうるんだろうと思うんですよね。あの、活動が、がんとしての活動が止まるという。どうも何回計測してもPSAが、極端に言えば0だと、1以上になんないと、あるいは2以上にならないとかという状況が無条件で続けばね、一応私は完治だと思っている。いつの日かそれをね、えー、目指して、作戦を練ろうと思ってる。

――無条件っていうのは、今ももちろん1より低いですけど、お薬を飲んでらっしゃるから。

そうそう、これは明らかにね、薬のお世話になっているからだと思ってます。だからこれをゼロにしたらどういうことになるかと、ときどきはそうしてみたいな というね。その中央病院の、先生の論文じゃないが、半年なら半年ぐらい(ホルモン療法を)休んでみてもいいんだとこう言うんですよね。それで経過を見ると。うーん、というのは、その意味はその結局何の病気もそうだけど、患者が、どれだけその、んー、自分の生活を病気からのその、病気のためのマイナス要因、これが生活の中にね、作用する、それを極限までそのマイナス要因を減らしていくと。だから今の場合だったら、うちらだったら、その、副作用、なるべく排除したいと、軽減したいと、いうとこですよね。それがその自分の暮らしをなるべく正常なものにすることだから。うん。ということでね、勝負ですね。うん。

前立腺がんの語り

数値が上がるのはがんがあるからなのだが、どこにあるか分からないので臨床試験も受けられない(音声のみ)

完全に、前立腺周辺からは、もうIMRTはやったわ、温熱療法はやったわ、HIFU治療もやったわで、で、もう、ほんと手術以上に広範囲までやっていますから。周辺にはないと。それでも、PSAが上がってくるっていうことは、体のどっかにあると。ただ、PSAの値からして、今、骨シンチやっても、PETあたりでやっても、多分、5ミリ以下で出てこない。もっとがんとしては、大きくならないと、映像・画像には出てこないというふうに、今、診断されている状況で。えー、身体的には、末期の分類になりますけども、どこにあるか分からないと言われると、まあ、いいのか悪いのかね(笑)。まだ、小さいからいいというふうに考えればいいのか。だけども、不安要素としては、どんどんこれから大きくなる要素はあるわけで。という状況です。
実験でも何でも、あの、したいですよ。あの、協力、データ、臨床、データとるならとっていただきたいですよ。で、今、骨シンチやっても、映像には出ないというしね。多分、出ないでしょう、やっぱり。で、そういう中で、あの、全身療法、あの、化学療法しかないと。全身療法だったら、免疫療法も全身療法のうちの一つじゃないですか。あとやっぱり、今ストロンチウムっていうやり方、あの、静脈注射やって、その、放射線をいれてやって。それが、骨のところに集中して、こういくっていう。それだって、おれの場合、わたしの場合は、骨に行っているのか、リンパに行っているのか、どこかの肺あたりに行ってんのか、肝臓に行ってんのか分からないのに、できないわけでしょう。だから、PSAが上がることに今おびえている毎日よね。うん、数値検査に行くたんびに、もう、上がるのが分かっているからさ。そのたびに、おびえているようなかたち。恐怖感を味わっているようなかたちです。

前立腺がんの語り

手術で浸潤が見つかった。PSA値が4近くまで上がって放射線治療を受けたが、また上がってきた。やっぱりどこかに隠れたがんがあるらしい

どうしても数値がこう、そのときに、先生が、こうやってメモをくれて、「これ全部あれやけど、一つだけ外に出とるよ」と。あの、このかべ(前立腺の被膜)、かべって言ったらおかしいな。かべから一つ(がんが)でてる。「これが、ちょっと危険だよ」。95%は、あのメモどこいったかわからんけど、「95%はOKだけど、ほんと、5%はちょっと危ないよ」って言われたんですよ。「あ、そう」っていうことだったんですけど。やっぱり、外に(がんが)一つが出ているということだったんですねえ。だから、それだけ、とりきれなかったのかなと思うし。全部とった(つもりだった)のに、さらに一つでてる。そしたら案の定、数値が、ふっと、上がったりふっと上がったり、ぐ、ぐ、ぐって上がったり4近くまでなったんかなあ。そんときに、これは、ちょっとおかしいということでもって、放射線治療をやりましょうと。そして、そんときに、また、放射線が1回下がったんだけど、やっぱり、ずうっと上がってきたもんだから。ああ、やっぱり、どっかに隠れたやつがあるんだなということでもって、これは、ちょっとあれだということで、4まで上がったから、念のために今言った何ちゅうか、あの、女性…、ホルモン、薬を、あれをもらったんです。

前立腺がんの語り

放射線治療後にPSA値が7.5まで上がり、主治医は再発とは言わなかったが、何かしなければと言われ、米国で冷凍療法を受けることにした

(放射線治療後6ヶ月で)PSAが見事に下がってるんですよ。0.5ぐらいまで下がってるんですよ。「あ、やっぱり効いたんだ」と思って、そんときは嬉しかったですね。これが続くのかどうかが問題で、それも先生もそのことは言ってましたけどね。それも定期的にそれは測ってました。それがやっぱり4年続きましたね。でもだんだん3年目ぐらいから上がりだして、やっぱりこれは再発と判断しなきゃならないなと僕は思いました。先生も再発っていう言葉は言いませんでしたけども、そういうニュアンスのことは言ってましたね。そのころからクライオ(冷凍療法)っていうことが頭に上がってきたん、話題に上がってきたんです。
「とにかく何かしなきゃいけないなあ」ということは言ってましたね。で…、「やっぱりある程度限られちゃうなあ」って言ってましたね。というのは最初に放射線かけちゃうと、手術は非常にしにくくなるんですね。なぜかっていうと、あの、前立腺が尿道の隣りにありますよね。あ、違う、尿道じゃないや、あの、腸の隣りにある、直腸の隣りにある、だからくっついちゃうんですね。癒着しちゃうんです。ですから非常に切り離すのが大変だって言ってました。で、限られた中で何か一番いいかといえば、アメリカでやってるクライオ(冷凍療法)かなあ、ていうふうにおっしゃってましたね。

――その、まああの限られちゃうなあってお話が出てきて、でも、なんかしなくちゃいけないだろうなあってお話が出てたときには、あの、ご自身はどんなお気持ちだったのかって覚えてらっしゃいますか。

気持ちですか。うーん、まあやっぱり、そうなんだと思って、がっかりしましたよね。その頃はなんて言いますか、落ち込んだ感じになりましたね、ネガティブな気持ちになりましたね。

前立腺がんの語り

再燃してPSAが100を超え、そのデータの重みから気持ちも重くなるけれど、家族が笑顔になるように助けてくれる

再燃 状態に陥りました。えーと、えー、PSA、がん、前立腺ね、PSAの値が平常値を超えて、まあ、えーと、4ですけどね、4以上は、えーと、まあ異常値。4を超えて10に、まあ1回目、10だったかな、4の次が10だったかな。そのぐらいまでは良かったですけどね、30、えーと、1ヶ月たたない、1ヶ月ぐらいで30になったかな。それから、1ヶ月後に90になったかな。今、多分、100を超えていると思うんですけどね。まあ、だから、この1、2ヶ月は、結構それはね、しんどいですね、そのデータはね。えーと、やっぱりどうしようって、まあ2年が、半年ぐらい前からちょっとデータが悪くなり始めましたね。で、えーと、データが悪くなったと同時に先生が薬をね、じゃあ、換えましょうということで試したんですよ、幾つか。逆に体調が落っこっちゃって、えーと、すごく体調が悪くなって、えーと、しばらく何だろう、ぐずぐず、寝込むまではいかないけども、そんな状態まで。
 そのときから始まって、その1、2ヶ月後ですね。データがそうなっていたときに、やっぱり重いですよね、気持ちがね。で、病院に行って、行くたんびにデータが悪いんで、どうしてもその日、帰りの車の中では気分は沈みがちになりますね。うん。まあ泣きはしませんけど、もちろんね、泣きはしませんけど、それはデータとして重いので。1日、2日かかるかな、元気に。元気っていうか、笑い、笑えるようになるまでね。家族はね、なるべく笑うようなことを言ってくれるんですね。笑うとナチュラルキラー細胞が活性化するっていうんで。今、とてもそういう意味で助かっています。家族も明るいんですね。うちね。ナチュラルキラー細胞いっぱいに、また、なるように。また、冗談、いろんな。病気のことすら、冗談の種に今していますので。で、自分もたまには言いますしね。

前立腺がんの語り

抗がん剤を休むとPSA値が上がることに怯えている。骨転移していると自分は思うのでゾメタを試したいが、主治医は確認出来ない今は無理だという(音声のみ)

ゾメタっていうのもね、腫瘍に効果があることが最近分かってきているっていうインターネット情報上のね。それをね、先生に言ったんだけど、「おれにそれ試しにやってくれ」って言ったんだけど。「試しなんかできねえ、あんた実験台に」「この身は、いや、実験でも何でもいいからやってくれ」って。だけども、んだね、いい加減なあれできないと。保険きく、きくようなあれになったけど、「だから骨シンチでも何でもいいからやってくれよ、先生」って言ってんだけど「あなたの場合は、この数値じゃ(がんが画像に)出ないもんなあ、出ないもんなあ」って。あの「だったら、PSAが40とか80とか高くなるまで、がん細胞が大きくなるまでは待って、大きくなって、えー、骨にこうやって現れてからじゃないとできないと。そこまで待てというんですか」と言うと、「わたしは、それしか言えない」って言うわけですよ。そうじゃなくて、今、PSAが上がるっていうことに、わたしは、おびえているわけだから。「だけども、それは、タキソテールをやるっていうことがはっきり方針で、あなたも了解してやっているでしょう?」って。それと、そんなの、「タキソテールのやる前に、ビスフォスフォネートのゾメタやってみてくれ」って言ってもね、それは、やっぱり「うん」と言えねえんだね。今んところの、わたしの不平不満はそこだね。

前立腺がんの語り

10年後にホルモン療法が効かなくなるかもしれないという不安はある。あまり難しく考えないで、なったときに対策を練ろうと思う

不安はだから、10年後にこの薬が効かなくなったときに、もしかしてなるのかなとかね、不安、不安って言っていいのかな、もうある程度効かなくなるものだと認識をしながら、じゃ、次の治療をどうやって考えとこうかなって。そのときには放射線も受けることもね、判断に入れなきゃいれないし、また、リュープリンも注射もまた打たなきゃいけないだろうかもしれないし、その辺はあんまり難しく考えないで、なったらなったときにまたそのときに考えて対策を練ろうと。先の先まで心配してたら疲れちゃうから。

――もう、なったらなったで。

ええ、そう、もう、神さまがそういうふうにしてくれたんだから、感謝としてこういう忠告を受ければいいかなと。そのぐらいでいいかなと、うん。

前立腺がんの語り

数値が安定しているのでホルモン療法を中止したら、また上がってきたので再開したが、どうということはなく、前向きに考えるようにしている

――今回3月にその数値が、PSAが上がってきたっていうふうに言われたときに、どんなふうに、あの、ご自身では感じました?

うん、あの、その前に、言われる前に、前の3ヶ月前に、「もうこれで数値も落ち着いとるからもう卒業」いうて言われたんです、先生が。それで僕も喜んで行ったんじゃけど、ほったら「ちょっと上がっとる」言われて、ありゃーあかん、ほんまかなあと思ったんですけどね、もう。上がっとる言われたら仕方がないから、ほんならまあ、別にどういうことはないからね、うん。ちょっと出費がかさむだけ(笑)。うん。

――なんかまた数値が上がってきたことで、そのー、がんがまた顔を出してきたのかなあとかっていう、そういう不安とかっていうのはあんまりなかったですか?

うん、そこまでは考えなんだですけどね。あのー、僕の知っとる人も、あのー、がんでそういう検査をされおうて、あのー、ずーっと上がった。それでホルモン注射したらまた下がったいうて、うん、言われたから、ほな僕もそうかなと思って。うん。そういう友だちがおるんですわ、もうちょっと、ちょっと先輩だけどな、あの、病気の先輩がおられる。うん。で、そのまあ、先輩の言う通りに(笑)、「えろう恐がることもねえよ」っていうて言われて。うん。もう一つあの、あのな、よう言われてる天皇陛下もなっとるでしょ? 天皇陛下さんももうちょっと上がったって、なあ、言われたから。それで今、落ち着いたんじゃないかとね、僕もそう思うて。うん、もう前向き。前向きです。はい、はい。

前立腺がんの語り

ホルモン療法で下がった値は、放射線後にホルモン療法をやめると一旦あがる。放射線科医に大丈夫と言われて非常に安心した

えっと、これがですね、私のPSAの変化を表したグラフになるんですけれども、えー、2004年の秋から暮れにかけては147、で、これがですね、ここからホルモン療法ずっと始めたわけです。ホルモンは非常によく効きまして、どんどんずっと下がり続けてですね、放射線治療を始めたのは、この2005年の4月の中ごろからですけれども、そのときに一番下がったのが、147から0.8ぐらいまでずっとこれ下がってきているわけなんですね。この時点でここからずっとIMRTの放射線治療を始まるわけなんですけれども、この時点でぽんとやめてしまいます、ホルモン療法。やめてしまいますから、放射線治療を受けてる間、実はこれどうなっているかといいましたら、一旦PSAがずっと上がり続けるんです。これはなぜかといいますと、放射線治療いうのは即効性がないんですね。しばらく、数ヶ月、場合によったら1年、1年半かかってじわじわ効いてくるのが放射線治療なもので、ここでですね、一旦ずっとこれが上がり始めるんです。で、放射線治療が終わった時点で計ったときにですね、えー、これが3.9ですか ね。ですから、これ、一般的にですね、もう4超えると、これはもう再発といいますかね、完全に、あの、普通では駄目だと言われるぐらいの数字なんですけれ ども、私は放射線治療が終わったときに、まあ3.9ですから、ほとんど4ぐらいまで来てたと。このときにも、これは泌尿器科の先生とかもだいぶ心配していただきました。
 で、その次がですね、今度は4.6までまだ上がるんですよね。これで放射線の先…、いえ、泌尿器科の先生はですね、ちょっと危ないと。ここまで上がるということは、やはりうまくいかなかった可能性があるというぐあいに言われたんです。で、同じ日にですね、まあありがたかったのは、あの、診察もそうですけれども、全部同じ日に両方の、えー、放射線科と泌尿器科と両方の先生の話が聞けるわけなんですね。で、そのあと、もう一度放射線の先生に話を聞いたときにはですね、4は超えているけれども、まあ、カーブがですね、やや鈍化していると。鈍くなってきているし、それと、まあ、前例としてね、以前、あの、私よりもずっとPSAがまだ高い、250ぐらいあった人も同じくこういう治療を受けておられたわけなんです。その方の場合もやはり一遍4は超えていると。そういうことなので、私は、まあこれ、4.6ぐらいまで跳ね上がってしまったんですけれども、まあ、心配はだいぶありましたけれども、まあ、あの、まだ放射線治療の先生には、まだこれは我慢というか、まだわからない、まだいけるんじゃないかと、いうぐあいに言われて、非常にほっとした覚えがあるんです。

前立腺がんの語り

最低値到達に7年かかった人もいると聞くし、PSA値には個人差があるので、自分のデータを見て、危険域を決めておくと健康的に過ごせると思う

これですね、それはもう絶対的な安全圏だとか、あの、絶対値っていうのはないんですね。ここまで下がったらもう安心だとか、ここまで上がったら、これはがん(再発)であるという、そういう値はないんです。極めて、あのー、個人個人によって違いますね。先ほど話しましたように、あの、最下点に到達するのに7年もかかったというような方も現にいるということで。しかも、途中でなぜ上がるかはもう理由はまだ解明されてないんですね。
ですから、どのくらいまでになると安全なんだということはありませんし、どのくらいまでになると危険だということが、あの、確定されたものはないわけなんですけども、ただ、自分の中でいろいろなこうデータを考えて、「この程度の上がりくらいでもってじたばたしちゃ、かえって体に悪いよ」という、そういう危険水域といいますか。危険ラインっていうのを決めておいたほうが、自身にとって健康的じゃないのかなというふうに感じまして。まあ、いろんなデータから、あの、+1までは全く不安を持たないような生活を今後送っていこうというふうに、あの、1年の契機に決めたわけでして、まあ、それが功を奏したのかどうか分かりませんけども、以来、順調に、ええ、PSAは下がり続けてます(笑)。