インタビュー内容テキスト

一回目の化学療法の後、私は両肺に肺塞栓症を発症しました。地域の病院に緊急入院し、そこで治療を受けました。救急隊員は素晴らしかったです。でも、病院内で体験したことは、とてもひどく、驚くようなもので、そして全く馬鹿げていました。

私は生命の危機にさらされていたのです。息も絶え絶えの状態でした。そのようなときに「私をドクターアイヤーズ、イングリッド アイヤーズ、またはアイヤーズ夫人と呼んでください」と言ったけれど、普段、’アイヤーズ夫人’と呼ばれると義理の母親の事を呼んでいるのではないかと思ってしまうぐらい慣れ親しんでいない呼称なので、敢えてアイヤーズ夫人と呼んで欲しいと最初には言わなかったのに、苦しいときに「アイヤーズ夫人」と呼ばれても誰の事を呼んでいるのか気がつかないこともありました。しかし私は必死に生きようとしていました。それで最後に、「ダーリンとかディアとかスイティーとは呼ばないでください」と言いました。そう呼ばれるとほんとうに不快な気分になりました。わたしは………扱われました。(注; ’かわいい人よ’といったニュアンスの親しみをこめた表現だけれども、現在、医療関係者や介護従事者がこのような表現を患者などに使うことは好ましくないとされています。)

それは看護師からだったのですか?

はい、看護スタッフからです。尊厳を保とうとしていたにも関わらず、そのことは本当に私を怒らせました。そう、私は必死に生きようとしていたのです、本当に一生懸命、命と向き合っていたのです。こうして生きていることは驚くべきことです。分かっているのです。しかし、その時私は終始、尊厳を保つこととも闘っていました。当時、病院内で私は少しも尊厳を与えられることはありませんでした。もし、化学療法中に経験する下痢のことを考えたならば、自分自身でトイレへ行って戻ってくる、そのときに自分自身で清潔を保つ気力はほとんどないのです。私は手を洗うために助けを頼まなければなりませんでした。洗面台まで行くこともできず自分で手を洗うことができなかったのです。
手を洗うために受けた介助はひどいものでした。ある時は、誰かが水の入ったボウルを私が届かない位置で持っていたり、ある時は、実際にこんなことを言われました。「消毒用のぬれティッシュの箱を持ってきてあげるから、用を足した後、誰かに助けを頼まないで自分でちゃんと手が拭けるわよね。」それが私に与えられた選択枝でした。でも、私はいつも頼まなくてはなりませんでした。私が手を洗いたいと思っているなんて、誰も気づいてくれなかったのですから。

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