インタビュー時:51歳(2016年7月)、疼痛期間:17年、診断名:脳幹部不全損傷
首都圏在住の男性。2001年の交通事故の後、右上半身を中心に痛みと麻痺が出た。様々な診療科を回って薬や神経ブロックなど様々な治療法を試し、回復の兆しが見え始めた2014年1月のある朝突然、激しい痛みとしびれが左半身に生じた。事故時の脳幹部損傷が原因の中枢性疼痛という診断を受け、医療用麻薬と硬膜外神経ブロックで痛みのコントロールを図るが、痛みがゼロになることは全くなく、薬の副作用で頑固な便秘になり、現在も食事がのどを通らない状態が続いている。

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プロフィール詳細

野口さん(仮名)は現在、首都圏で保育士の妻と二人で暮らしている。町工場で機械の専門家として働いていた30代前半、突然に肋間神経の痛みに襲われて、1年半の入院生活を余儀なくされた。その後職場復帰して1年ほど経った2001年夏、通勤途中の信号待ちでトラックに追突された。直後の受診では画像診断検査などを受けても、これといった所見はなかったが、その後右半身に徐々に痛みやしびれ、麻痺が広がった。この時は脳幹部不全損傷という診断を受け、複数の医療機関で様々な薬物療法や神経ブロックを受けて、痛みはある程度コントロールできるようになった。町工場の仕事はできなくなったが、縁あって体調が許す範囲でスポーツ施設の設備保守等の仕事を手伝うようになった。

その仕事を10年ほど続けていたが、2014年1月のある朝、突然頭のてっぺんから足先まで体を左右まっぷたつに断ち切られるような感覚の違和が生じ、左半身にこれまで感じたことのない激しい痛みとしびれが出て、手足がうまく動かせない状態になった。様々な検査を受けたが、これという原因は見つからず、脳幹損傷による中枢性疼痛という診断で、体を制御するための神経が傷ついたのだから、治療法はなく、それを受け入れるしかないといわれ、今日に至る。仕事には復帰できていない。

見た目は元気そうだといわれるが、実際には痛みがゼロの時間は全くない。痛みだけでなくしびれと麻痺がある。触れられることはもとより、瀬戸物がカシャンと重なる音など空気の振動ですら痛いと感じる。手足の先は100ボルトの電流に感電し続けているような感じだ。

痛みを抑えるために強い薬(医療用麻薬)を使うようになってから、頑固な便秘に悩まされ、食事が喉を通らなくなり、ここ2年くらい経口・経腸栄養のドリンク剤だけで過ごしている。がんの緩和ケアでは便秘を起こしにくい薬も使われているが、自分のように脳から始まる痛みの人には薬の選択肢がなさすぎる。慢性痛の薬に対する国の指針を変える必要があると思う。

薬以外では、神経ブロックを毎週2回受けており、そのうち1回は1度に25か所から30か所のトリガーポイント注射をやってくれる病院にかかっている。現状、麻酔科3軒、脳神経外科1軒に通院しており、さらに新たな治療を受けるため別の大学病院にも通い始める予定である。同じ麻酔科でも医療用麻薬を出せるところと出せないところがあり、神経ブロックの回数の制限も異なる。痛みに対して確立された治療法がない中で、複数の医療機関を使い分けて受診するしかない状況だ。

これまで大勢の医療者と関わってきて感じるのは、麻酔科以外の医師は、検査して何も出てこなかったら、痛みには全く興味を持たないということ。看護師についても同様で「痛いだけで死ぬわけないんだから」といったつれない言葉を聞くことがある。痛みというものをどのようにとらえるように学んでいるのかが疑問。笑顔を浮かべているときに、それが痛くない人の笑顔なのか、痛い人の笑顔なのか、なぜ痛いのに笑顔なのかということにたどり着けるかどうかが大事だと思う。

今は体を半分とられたような気持ちで、痛い側は捨ててしまいたいと思うが、「痛いからできない」というのではなく、「痛いけどやってみる」ようにしている。治らなきゃ何もできないと思っていると絶望してしまう。「痛い」という言葉を発するのを減らすために、あらゆる手を使って効果のある治療を見つけたいと思っている。痛みで「死にたい」という人がいるが、自分はほかに何の役に立たなくても唯一のプライドとして、死んじゃいけないと思っていて、ブログでも「死んじゃいけない」「あきらめないで」と訴えている。

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