インタビュー内容テキスト

無事に1年たち、2年たち、不安は大体薄れていきましたね。だんだん病院に行く回数も少なくなって、もう10年経ったときに、おなかにいた子どもが10歳のお誕生日に、あ、10年経ったということで、うん、もうだいぶホッとしましたね。10年経って、良かったなと思っているうちに、11年目のときに実家の母が肺がんが見つかりまして、母はとっても初期に見つかったので、レントゲンのときに1センチぐらいの腫瘍が見つかりまして、肺を部分的に切除する手術をしたんですが、母の場合、抗がん剤とかしないで済みましたので、その母に付き添って検査ですとか、入院ですとか、お見舞ですとか行っているうちに、私、ここ(胸の上の骨)のところが何かちょっとシクシク痛かったのを、なるべく実は考えないようにしてたっていうのがあるんですね。こう骨が痛いっていうのは、もう再発…転移だなっていうのはもうすぐに感じますけれども、なるべく転移だというのは考えたくなくて、認めたくなくて。でも、母が肺がんになりまして、付き添ったりなんかしているうちに、やっぱり私も病院に行かなくちゃいけないわよねと思いまして、はい、母が肺がんになったきっかけもあって、その自宅の近くの、もう何年も行ってなかった病院に行くことにしました。それが去年の9月でした。(病院に)行ったときに、もう先生が一目診て、「ここ、こんなにボッコリ出ちゃっているじゃないの。何で、もっと早く来なかったの?」って言われたんですが、行きたくなかったんですよね。認めたくなくて。再発したっていうのを自分でこう、「再発したらもう死ぬまで治療するんだよ」とか、「治療は終わらないんだよ」とか、そういうのを聞いて分かってましたから、再発したって認めたくなくて。シクシクここ(胸の上)のところが痛くなっていたんですが、行きたくなくて、認めたくなかったんですね。でも、まあ母が肺がんになったというきっかけもありまして、私も去年の9月に行って、「もっと早く来ればいいのに」なんて先生に言われました。
で、やっぱり骨に転移してたんですね。こうここの部分が出ちゃってたんです、ボコンと。それで、治療が始まりました。まず、最初にPET検査を都内まで行ってPET検査受けましたら、ここの転移もオレンジ色に検査の結果が出るんですけれども、あと、骨盤の中もオレンジ色に真っ赤っかになってしまっていたんですね。で、おなかの中(卵巣)にも転移しているということで、その通っていた(近くの)病院っていうのが放射線治療の設備がありませんでしたので、まず、ここ(胸骨上部)の放射線の治療をするために、その病院から大きな病院に紹介されて転院をすることになりました。

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