インタビュー内容テキスト

で、その、胃ろうを作ろうと言われたときも、あのー、看護師だったものですから、「何で、医療職としてそれが分からないのか」みたいな。…ふうには言われませんでしたが、何かそんなふうに…。

―― あの、病院からですか?

は、はい。「あなた、看護婦さんですよね?」って言われて、「はい、私は看護師、看護婦なので、あのー、分かります」と。「ただ、父は、その誤嚥性肺炎をこのまま繰り返して、結果、悪化するっていうことも分かります」と。「でも、その前に、先生、分かっていただきたかったのは、父は認知症で、まだ歩けます」と。「だから、家、帰ったときにかな、絶対、冷蔵庫は開けるでしょうし、食べ、食べるでしょうから。胃ろうの意味?が分かりません」と。で、もう1人、姉はいましたけども、姉は看護師でしたけど、姉は胃ろうを作るというのに賛成して、そこで意見が分かれて「どうして」ということ。ただ、姉はまだ期待をしてまして。その、嚥下を、だから専門の病院で、嚥下訓練ですかね。「嚥下訓練をすれば大丈夫なんじゃないか。だから、その短期間の間、胃ろうを作ればいいんじゃないの」っていうことで言ったんですけど。いや、認知症があるので、というので(笑)。ですね。その、そうですね。でも、それ終わって、本当に1カ月ぐらいたって亡くなったので、さすがに胃ろうを作ればよかったのかなと。すごいその、告別式のときにですね。すごい後悔といいますか、まさか1カ月で亡くなるとは思わなかったものですから、胃ろうを作って、その、嚥下訓練をする病院に転院していれば、もうちょっと生きてたのかなあとかも思いましたけども…。なので、そうですね。治療のこととか、その胃ろうのことも含めて、介護サービスの利用のことも含めて、その判断、判断が正しかったのかどうかは分かりません。

―― いろいろ、そのとき、そのときで情報を自分なりに集めたり、調べたりってしても、本当に迷いますよね。

そうですね。その、父親がどうしたかったのかなっていうのが、分からなかったんですね。

―― 普通のご病気で、意識があれば、まずご本人に聞きますものね。

そうですね。

―― 「ねえ、お父さん、どうしたい?」って。

はい。

―― できれば、その意向に沿い、沿いたいって思うけど、認知症の場合、それがね。

そうですね。最後のその、まあ4年前から気づきましたけど、最後の、その怒濤のような2年間、まあ1年間、1、2年の間ですね、の人生をですね、父の人生を、何か、もしかしたら、その命もかも分かりませんけど、その期間を、…を父の意思ではなく、ま、娘ですけど、その判断で左右してたかも分からないなあとかも、ちょっと思う、ちょっとどころじゃないんですけど、思いましたんですね。

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