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プロフィール

インタビュー24

インタビュー時年齢:34歳(2019年7月)
障害の内容:視覚障害(全盲)
学校と専攻:大学・社会福祉(2003年度入学)
中部地方在住の男性。生まれつき弱視で、小学校は普通学校に入学し、10歳で全盲になったため、5年生で盲学校へ転校。その後、高校卒業まで盲学校で過ごした。大学は福祉系に進学し、実習等を経て社会福祉士の資格を取得した。小6の時に出会って続けてきた和太鼓を仕事にする傍ら、社会福祉士の資格を活かして講演活動を行っている。

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えー、アメリカにいたときに、その大学、障害のある学生に対応しているオフィスに行った際にですね、ここではどういうサポートをしてくれるんですかっていうふうに聞きました。で、日本でそういうことを聞くと、えーと、こういった障害の人にはこういうことをします、こういった障害の人にはこういうことをしますみたいに、えー、何ができるかについて語ることが圧倒的に多いと思うんですけれども。その大学のオフィスの方は、まず前提として、えー、あたり、「一般の学生が当たり前に行っていることを障害を理由に行えないということはありません」という答えを一番最初に返してくださいました。

やっぱり、それってものすごく大きな差だと思っていて、えー、ということは障害を理由にこれ、これ、こういうことができないってなったら、それはおかしいっていうふうにそのオフィスの人は思っているっていうことの意思表示だと思うんです。

で、それは日本ではまだ決して、一般化されていない概念だと思うんですよね。やっぱり障害がある、あ、例えば、うーん、発達障害を含めて何かしらの特性を持っている、そういうマイノリティーであったら多少の不利益が生じても仕方がない、それは受け入れてくださいねとか、みんなと一緒じゃないこと、みんなと同程度にできないということは、もうお互い、ある程度了解済みですよねっていう前提の下に、世の中が動いている印象がすごくあるんですけれども、それがいかにおかしいかということ。

その心身に多少の、うーん、差異が生まれたというだけのことで、多くの人にとっての当たり前を当たり前じゃなくできてしまう、そう当たり前じゃなくしてしまうということが当たり前になっているっていうことが、いかに、不自然というか、非常にその差別的になっているか、不公平であるかっていうことを、自覚するという所からスタートしてほしいなっていうふうに思います。

その前提に立てればきっと、例えば何かニーズを持っている人がいたときに、「それはできません」っていうふうに頭ごなしに否定っていうのはきっとできないんじゃないかなというふうに思うんですね。あ、それは不公平なことをしているよなっていうふうに思った上で、じゃあどうしたらその不公平を公平な状態にできるのかっていう思考に結び付きやすくなるんじゃないかと思うので、ぜひ、その差別とか不公平というものを浮き彫りにすることを、恐れずに、えー、やっていただきたいなというふうに思います。

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