インタビュー内容テキスト

毎週、病院に行くときは、おじいちゃん、おばあちゃんが世話してくれるので、「病院に行って、点滴をして帰ってくる」っていうのも全部分かっています。で、病名も分かっています。「がん」っていう病気も分かっています。
「がんが死ぬ病気だ」っていうのを分かっています。というのは、そうですね、昨年、相次いでおばと義父ががんで亡くなっているので、「がんは死ぬんだ」っていうのは分かっています。ただ、「がんは死ぬときもあるし、死なないときもあるし。で、ママのがんも進んでいるから死ぬかもしれないけれども、でも、なるべく、子どもと、あなたと一緒にいたいから頑張って点滴受けているんだよ」っていうふうにかなり言っちゃっています。もしかしたら、子どもにとっては残酷なことかもしれないけれども、逆に私が子どもに甘えてしまっている。その自分でこううまく隠したり、コントロールしたりできないっていうかな。いずれ、別の局面が来ますよね。そのときに、ねえ、急にいなくなったり、「実は」って言うよりももう少しずつ。子どももだんだん年齢もこう上がってきて、その年齢なりの理解が、まあできているっていうか、そこにちょっと甘えているか、期待している部分もあって。うん、ちょっと子ども小さいんですけれども言ってしまっています。

――ご主人は、そのお子さんに対して、何かその辺でこうかかわったりとか。

うん、「あんまり言うな」って言われます。あまり、「がんで、死ぬかもしれない」とか、まあそんなダイレクトに言ってないけれども、時々それに近いことを言うこともあるんですよね。「ママ、そんなにずっと長くいられないかもしれないけど」って言うときが何かあって、それはすごく怒られます。「そんなことは絶対言うな。子どもには関係ないし、残酷だから」。確かにそうだなあと思うんですけれども、そうですね、何でしょうね。言っちゃいけないのかなあ。ちょっと子どもに慰めてもらいたいときがあるのかもしれなくって、「ママのこと忘れないでね」なんて言っちゃったりね、ということがあるんですよね。
 

――お子さんは何ておっしゃいますか?

さまざまで、あんまり言うと泣きます。「ママと別れたくない」とか。うん、そうですね。「何でそんな寂しいこと言うの。そんなこと言ったら、本当にいなくなっちゃう」とかって、もうそうですね。4、5歳になると、そういう表現ができるので、ちょっとびっくりしたり。うん、まだ、たまには、「あ、でも、ママは自分が大きくなったら死ぬんでしょう。でも、大丈夫だよ」とか、「夢で会えるんでしょう」とか、「でも、夢で会うのと、あの、本当に会うのとは違うんだよ」って言ったり、何か、子どもに甘えてそんな会話をしてしまうことがあって。笑って話せるときはいいんですけど、ちょっと子どもが、それでこうガクーンと泣いちゃうときは後悔したり。自分も何のためにしゃべったのか、慰めてもらいたいのか、何なのか、自分本位なのかなと思って反省したり、そういうことは主人は怒りますね。

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