他者への告知と反応

誰かの死を人に伝えることは、誰にとっても決して簡単なことではありません。それが、トラウマ的な突然死であれば、なおさら難しいものとなります。相手によって、直接伝えるほうがよいのか、電話がよいのか、また手紙がよいのかなどを決めなくてはなりません。何人かの方々は、身内や友人、または同僚にどのように伝え、その時に人々がどのような反応を示したかについて語ってくれました。

キャロルは、年老いた父親のことが特に心配でした。父親はキャロルの息子が殺されたと知った時、かなり混乱していました。他の方々も家族のさまざまな反応について語ってくれました。

シンシアは、一度に数人の人たちに娘の死を告げました。生前の一番新しい写真を印刷し、クリスマスカードと共に送りました。パットの友人たちはネットワークを立ち上げ、パットの息子の死についてお互いに通知し合いました。パットは一人ひとりに自分で伝える必要が無かったことに感謝していると言います。ドローレスは突然の息子の事故死を友人に伝えるのに数ヶ月かかりました。

訃報を受けた人のなかには、遺族に対し直ぐにサポートを申し出てくれた人もいます。シンシアの友人は、親身になり外食にも誘ってくれたと言います。しかし、人によっては、他者の反応がいつも「適切」であるとは限らない、とも言います。距離をとろうとしたり、決まりが悪そうであったり、その話題を避けたりする人もいます。エリザベスは、娘が亡くなった後、何人かの人とは音信不通になったと言います。その人たちは、金銭的に助けてくれる誰かを必要としていたわけで、マーニが亡くなった後、エリザベスが以前のように、彼らを助けることができなくなったことで彼らは去っていった、と感じています。

遺族にとっては他者からの発言を無神経と感じることもあります。例えば、カレンの母親が火災で亡くなった時、母親はスモークアラームを設置していたにもかかわらず、「何故スモークアラームを設置していなかったのか」といったコメントがあり、カレンはそのことに苛立ちを感じました。

マーティンは、当初、友人や知人からの思いやりやサポートに圧倒されてしまったと言います。彼は400通以上のカードやたくさんの電話を受けました。しかし、事故から2年経ってみると、定期的に連絡を取り合っているのは、たった1人だけであると言います。

サラは夫の訃報を伝えるにあたり、相手には自分の話すことに耳を傾け受け入れて欲しかったと言います。しかし、サラが感じたのは、訃報を受けた人というのは、時に自分自身の近親者が死亡したときの話や自分が離婚したときの話で弔意や同情を表そうとしている事に気が付きました。サラにとっては、それは不適切であると感じました。ローズマリーも同様に、息子の死を伝えた時、伝えた相手の経験談を聞かされることがあったと言います。

トラウマ的な死によって誰かを亡くした人の思いは、同じように家族を失った人や子供を失った人にしか本当のところはわからないと、多くの方々が語っています。他者の反応は、遺族にとって時には無神経とも思えることがあります。また、他者によっては、遺族は家族の死を乗り越え、通常の生活に非常に早く戻れることを期待する人もいます。ウィリアムは、彼が2週間で娘の死から立ち直れると、隣人から思われていたことに、それは無神経であると感じました。パットもまた同様に、何人かの人は、息子の葬儀が何らかの終結につながると思っていたことにショックを受けました。葬儀から数週間経ち、怒りも悲しみもすべて押し殺し何事も無かったかのように生活していくことを周りから期待されているように感じました。

ドロシーの息子マークは、勤務中に職場での爆発事故で亡くなりました。ドロシーは、自分が喪に服し、法廷で闘っている時に、他人が電気代のことや日常の些細なことについて話していることなど、まともには聞けないと感じました。そのような他者の些細な問題に同情できず、そのことで、何人かの友人を失ったと言います。

死別を経験したとき、そのことを親友や家族と語ることを選ぶ人もいれば、近親者以外の人や専門家に相談することが手助けになると感じた人もいます。(「専門家に相談すること」「チャリティー団体からサポートを受けること」「宗教と精神性」を参考。)