他者へのメッセージ

外傷死によって家族や大切な人を失った経験をもとに、多くの人々が様々なアドバイスを語ってくれました。彼らはまた、人は皆違うので、ある人には役立つことが、他の人には役立たないこともあるという点を強調していました。

死別を経験したときには、感情をさらけ出すことが重要だと強く感じている人々もいました。

外傷死によって家族や愛する人を亡くしたときは、その死について語りあう時間や、悲しみに浸る時間を持つこと、そして、何らかの助けを求めることが重要であると、多くの人々が言っています。

タムシンは兄マシューの死後、昔住んでいたところに戻り、兄や犬と一緒に散歩した草原を歩き回りました。そうすることで、彼女は平常心に戻ったと語っており、他の人々も自分と同様に、理屈に合わないことをしたり、感傷的になることで救われることもあるのではないかと言っています。

タムシンは、亡くなった兄の友人や同僚といった他の人々が、兄の死を悼んだり、自分にとってどんな存在であったかをあれこれと語ってくれるのが、とても疲れたと言っています。死別後は、遺族を慰めるために時間と労力をあまり使い過ぎないことが大事だと、彼女は言っています。一方、ウィリアムは他の遺族は支えが必要かもしないので、その遺族の存在を忘れてはならないと指摘し、お互い励まし合い、起きた事柄について話し合うことを勧めていました。

突然の外傷死の後、残された親族は、もっと死因について知りたくなり、故人のために正しい裁定が行われるように、専門家のアドバイスが必要と感じることがあるかもしれません。

「時間は良き癒し手である」という考えについては、意見が分かれるところです。イアンは今も、10年前と同じくらい辛い体験をしている人々がいることを知っており、その体験はそれぞれ大いに異なると思っています。バリ島での爆発事故以後、ジョスリンはそれぞれの遺族が様々な形で故人の死に対処しているのを見てきました。死別の苦痛から抜け出し、前進しようと意図的に努力する意思の力が必要だと、彼は結論づけています。
マーティンは妻をバスに轢かれて失い、精神的に打ちのめされていました。2年後、年月が経過しても良くなったとは感じられませんでしたが、しばらくして、少なくとも自分が発狂することだけはないと悟ったと言っていました。しかし、他方ではスティーヴンやピーターのように、年月とともに苦痛が減っていったという人々もいます。

ジュリーによると、遺族は、故人の酷い死に方ではなく、ありのままの故人を覚えていようとするべきであると提案しています。アンジェラは、生き続けることが大切なのであり、死んで行った友人や家族は、自分たちの死が、生き残っている人々の生活を台無しにしたいなどとは望んでいないのだと述べています。
キャロルは、故人は遺族に何時間も泣いて過ごして欲しくないだろうと言っており、困難かもしれないが、遺族は何とか楽しもうと努力すべきだと語っています。
ニーナは日々を楽しめる何かを探す努力をすることを勧めています。
外傷死によって近しい人を失った後、他の人々を援助することや、故人を記念する何かを作ることで大きな慰めをえたという人たちもいます(「記念、ウェブサイト、墓石」の項を参照)。人々はまた、他の人々にメッセージを送ることで外傷死を乗り越えたり、他の外傷死を予防したいと願っています(「故人のいない生活に慣れること」の項を参照)。

マシューは、外傷死の後は対応しなければならないことが沢山あるけれども、まずは現実的な問題に集中することが、悲嘆の過程を軽減するのに役立つ場合があると言っており、その生活に生じた大きな変化を受け入れ、それに順応・適応する方法を探すことも重要だと語っています。