インタビュー内容テキスト

何か本当に極限のときは、もう死んでしまえと思って、結構包丁とかを振り回しちゃったこともありますね。さすがに、そのときは、何か父親は泣いていた。何か、こう、ときどき、何か、こう、戻るときがあるのか、よく分からないんですけども、何か泣いていたような気がしますけど。自分もよく分からないんで、近所のおばちゃんに包丁を取り上げられて、「何やってんの」って言って、「いやあ、もう駄目だね」とか言って、そして、その人にだけは、母親が、ああみえて、意外に、こう、世間体を気にするタイプなので、何かそういうことは、お父さんが認知症っていうことは、親戚にも言ってなかったですし。ま、今も言っていないと思いますし、一部にしか、近所の人も言っていない状態ですね。脳、その、脳出血の麻痺があっておかしいっていうのは、いろんな人に、見れば分かるので言っているんですけど。その先になっているっていうのは、現状でも一部の人にしか言っていない状態で。でも、その、大惨事を見ていていたし、近所の人だけには、もう、わたしは、全部話をして。で、母にも「言っちゃった」とか言って「えー」とか言って。で、ま、「介護保険で動いている」って言って。でも、母親はそんなの受けたくないって言っても、その近所のおばちゃんが、夫婦が、うちの大惨事を見ているので、わたしが、もう、包丁持ってあばれたとか、あれ見ていたので、「もう、いつか親子死んでいるかもよ」みたいな、「あんたが助かっても」、いろいろ言ってくれて、何とか介護保険を受ける…ヘルパーさんを呼んでもいい…っていう、しぶしぶ、導入に至ったんですね。それは、母が(がんで)入院して半年過ぎたか過ぎないかぐらい。

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