インタビュー内容テキスト

もう女房に言わせると、楽しくない、リハビリをね、一つ障害が出始めたら、その障害を少しでもね、ストップかけようかと思って。だから、その臨床心理士の方と、いろいろ相談しながら、だから、私もやっぱり、いろんな提案をするんですけども、いろんな調べた結果とか、あとまあグッズを買ったりとかして。まあ、例えばこういうグッズをこういうふうにリハビリに使えないかとか、そういうのを一応、いろいろ考えて、(臨床心理士の)先生に提案したりとかはしてました。
で、それを忠実に、女房はちゃんとまあ、やってたんですけども、そのうち、だんだんそれに対してやっぱ抵抗するようになって。「もうやりたくない」と、こういうリハビリは。「もうつらいから、したくない」ってことで。で、女房の方からもう、「やりたくない」っていうのはあって、もうけんかになって、毎日けんかになってて。「これ、やらないと駄目なんだ」っていうことでね、けんかしてて。それでもう、その、リハビリやってるときは、やっぱりいつも、けんかばっかりしてました。それもやっぱり、非常にその、まあ、それもやめて…、もうほんとにけんかの連続で、「やらないと進行するんだ」ってことでね、強制的にやらして。それをだから、1年ぐらい。1年ちょっと続いたのかな。
いろんな…いろんな、だから材料、まあ、その(臨床心理士の)先生と考えながら材料作りまして、(妻に課題を)与えて、訓練して。その繰り返しを、ずっと1年ぐらいやってました。それが一番苦痛だったらしくて、だから、(妻の)お母さんがやっぱ死んでから、本格的にリハビリ始めたんですよ。だから、お母さんの看病してるころは、やっぱりあの、なかなかそんなふうには、リハビリもそんながんがんはできなかったんで、亡くなってから、特に本格的にリハビリを始めました。まあ、でも1年間ぐらい、でも本当に、ギブアップしたんで。ついに、病気以上に病気(苦痛)になったんで、今度は。それで、やめました。
だから、そのリハビリをやめるにあたっての、なかなか(臨床心理士の)先生にもう言えなくて。それは、どうやって先生に言おうかなと思っていたら、何か理由をつけようと思って。で、転院を考えたんです、こっそりと。で、「リハビリをもうしたくない」ってことを、なかなかその臨床心理の先生に言うのもちょっと、あんなにもう、僕が提案した、先生もいろんなこと考えてくれて、一緒に頑張ってやってたのに、すごい言い出しづらくて、やめる手として転院を考えたのも、一つの手なんで。

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