子どもとの別れ
医療的ケア児の中には、親よりも先に亡くなってしまう子もいれば、将来的に子どもは先に亡くなるだろうという気持ちを抱えながら日々生活する方もいます。親として、子の死に直面するという辛い経験をされた方に、そのときの思いや、その後の気持ちの変化についてお話いただきました。
亡くなったときのこと
インタビューに応じて下った方のうち、お子さんを亡くされた方もいました。お子さんが亡くなったときのことについてお話くださっています。
次の方のお子さんは、生後5か月で亡くなりました。
生まれてすぐ、子どもは長くは生きられないと告げられるも、その短い期間の中でこどもの成長を感じ、楽しい時間の中に突然のお別れがあったとお話くださいました。
次の方は、シングルマザーとしてお子さんをケアしていました。
ついにお子さんとの別れのときを決断しなければならず、そのときの気持ちと支えてくれた医療者や元夫への感謝の気持ちをお話くださいました。
子どもの死の受け入れ
子どもが先に逝ってしまった現実は容易に受け入れられるものではありません。ようやく受け入れるまでの気持ちや、その後のご自身の活動についてお話を頂きました。
この方は、双子の女の子を出産し、1人が生後直ぐに亡くなり、もう1人も予断を許さない状況でした。子どもの死を受け入れ葬儀の準備をしながら、もう一方の命がどうなるのかわからない当時の苦しみについてお話くださいました。
この方は、お子さんが亡くなってから40歳で看護学校に入り、訪問看護師として現在も働いておられます。今でも写真を眺めながら涙することもあるそうですが、忙しく働く中で、自分の人生を楽しむ気持ちも出てきたと言います。
次の方は、在宅での人工呼吸器の事故でお子さんを亡くしました。
もっと早く気づいてあげられたらと当時を思い出してつらい気持ちになることもあるようですが、そのときお子さんに学校に通わせてあげたかったとの思いから、現在、地域で特別支援学校を設置するための活動をしていると言います。
2023年7月公開
認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

娘は16歳で急変して亡くなった。いつかはと覚悟はしていたものの、その喪失感は大きくしばらく何をみても涙が止まらなかった
息子の輸液をやめてお別れするときがきた。なかなか決断できない自分に、医師団が自分たちもその決断を背負っていくと言ってくれ決心できた
双子を出産し、1人は亡くなり、1人はNICUに入った。悲しみと不安で当時はただその時間を生き延びることに精一杯だった
亡くなって半年は何もする気になれなかったが、当時、地域に通える特別支援学校を切望していたことを思い出し、現在設置にむけた活動をしている
