治療経過にともなうPSA値の変化

PSAとは「前立腺特異抗原(Prostate Specific Antigen)」と呼ばれる物質で、その名の通り前立腺から分泌される物質です。本来は、精子が体外に放出される時にタンパクを分解して、精子の運動性を高める役割を果たすものです。健康であれば血液中に漏出することは非常にまれですが、前立腺に疾患があると、分泌腺の構造が壊されて、血液中にも漏出するようになります。そのため、前立腺関連の病気の指標として利用されています。
PSAは、まず前立腺がんであるかどうかを診断するために用いられますが(スクリーニングと診断時のPSA検査については「PSA検査・検診」 を参照)、その後も治療効果をみたり、経過観察中にがんの進行の徴候を判断したりするための指標として用いられます。このため前立腺がんの診断を受けた人たちは、診断後も相当の期間にわたって、PSA値と付き合う経験をしています。
ところで多くの場合、診断時と治療中~後とでは、PSAの基準値が変わります。また、どの治療を受けたかによっても目安が異なります。これは少し複雑で分かりにくいのですが、受けた治療によって前立腺の状態が異なるためで、それぞれの治療ごとに目安となるPSA値が提案されています。ここでは、このような治療の経過にともなうPSA値の変化と、それにまつわる体験者の様々な語りをご紹介します。

全摘除術後のPSA値の変化

手術で前立腺を全て切除した場合、PSAを作る前立腺細胞がなくなるので、理論的にはPSAは0になります。それでもPSA値が下がらない場合は、断端陽性(※切り取った組織の表面ないし表面近くにがん細胞がみつかること)か、もしくは前立腺の外に転移している可能性が考えられます。ただし、手術の仕方により正常な前立腺がわずかに残る可能性もあり、0.1未満くらいの値が検出されることもあります。

放射線治療後のPSA値の変化

放射線治療を選択した場合には、手術後のように0にはなりません。前立腺を取り去ってしまうわけではなく、がんが消えても正常な前立腺細胞が残っているためです。これはHIFUなど、前立腺を摘出しない他の治療でも同様です。治療後のPSA値は、0.2くらいで安定する人もいれば、2以上で落ち着く人もまれにいるなど、個人差があります。また治療後、ゆっくりと時間をかけて数値が下がっていくのも特徴です。私たちのインタビューでは、放射線治療を受けて3年が経過した男性が、PSA値の変動と、その受けとめ方について話していました。

放射線治療後のこのようなPSA値の変化について、事前には知らされておらず、治療後に不安を感じて、主治医や他の前立腺がん経験者に聞いたり、ネットなどで調べたりしたと話す人もいました。なお、この男性は全摘術を受け、浸潤が見つかったため、手術直後に放射線療法を受けています。

PSA値と再発の不安

根治を目指した治療を受けた後にPSA値が上昇してくると、「再発したかも」と不安になると話す人は少なくありませんでした。再発の不安を感じている人たちは、代替療法を利用したり、生活習慣の改善に取り組んだり、再発を予防するための様々な工夫について語っていました(「補完代替療法」「再発予防と体調管理」を参照 )。こうした工夫をしているから「自分はきっと再発しないと思う」と話す人もいましたし、「たとえ再発したとしても、治療法があるから、何とかなると思っている」という人もいました。再発したときのことを考えて、どうするかを夫婦でよく話し合ったという人もいました。

PSA検査を受ける回数を増やして不安を解消しているという人もいます。ある男性は、医師にどう言われても、3ヶ月に1回は必ず受けるようにしたいと話していました。

定期的に測定するようになると、数値の上下をどう受けとめるかも日常的な問題になります。ある男性は、手術と放射線治療終了直後からしばらくは、値の上下にひどく神経質になり、高い感度のPSA検査(検出限界が0.01ng/ml以下の超高感度PSA)を受けたいと希望したこともあったが、医師からその必要はないと説明を受けた後は、時間の経過とともに気にならなくなってきたと話していました。*また一方で、PSA値は全然気にしていないと話す男性もいました。骨転移が見つかり、自分なりの根拠と基準をもって、様々な治療法を試していると語る男性は、PSAがあることでかえって「PSAノイローゼ」になるといい、PSA値はない方がいいかもしれないとも話していました。
*2012年版の『前立腺癌診療ガイドライン』でも、術後の超高感度PSAによる定期的な検査は推奨されていません。

PSA再発とPSAバウンス

一般的には、前立腺を全部摘出した後に、PSA値が0.2を超えたら、どこかに前立腺がんの細胞があるとみなし、その後の治療方針について医師と相談をするよう勧められます(PSA再発と呼ばれます)。ただし、このくらいの値では、通常自覚症状はなく、数値のみの変化で、それが寿命にどの程度影響があるかは、年齢やPSA値の上がり方(値が2倍になるまでにかかる時間など)によっても異なるため、、はっきりしたことは分かっていません。
私たちのインタビューでは、術後すぐの検査で値が高いと言われ、がんが取りきれていないと説明を受けて、ショックを受けたという人もいましたし、治療後8~10年ほど経って、数値が上がってきたため、治療方針について相談をしたという人もいました。
(※再発後の治療については「前立腺がんの進行と治療」を参照)

放射線治療には、外部照射と組織内照射(小線源療法)の2つがあり、とくに組織内照射では「PSAバウンス」(バウンス現象と呼ぶ場合もあります)といって、治療後PSAが一時急激に上がる、原因不明の現象が起こることが比較的多いと言われています。ある男性は、この現象を事前に知ってはいたけれども、実際になったら「再発したのではないか」とビックリしたと話していました。また放射線治療を受けた場合には、数値の小さな変動で一喜一憂しないようにラインを自分で設定しておいた方が、健康的に過ごせるとも語っていました。なお、このような一時的な上昇とPSA再発を見分けるため、最近では「最低値+2」を超えたところで再発とみなす、という基準が取り入れられるようになってきています。

放射線治療を選択した場合、高いPSA値、低分化がんなど、再発する危険性が高い条件にある人に対しては、ホルモン療法の併用が勧められています。ホルモン療法を併用した場合、放射線治療だけを受ける場合よりもPSA値は低くなります。また、ホルモン剤を中止するとPSA値は上がってきます。放射線治療では、手術と違い治療後も前立腺細胞そのものが残っています。ホルモン療法を止めるとPSA合成が再開され、PSA値が上昇します。つまりこの場合のPSA値の上昇は、病状の変化ではなく、ホルモン環境の変化による影響と言えます。
放射線治療にホルモン療法を併用した場合でも、再発の基準は「最低値+2」と考えられています。この値を超えると主治医と治療方針を相談するよう勧められます。併用療法を受けた男性は、治療後のPSA値の変動と、そのときの心境を語っています。

全摘手術を受けた人でも、再発のリスクが高いと懸念される場合には、治療後にホルモン療法を行うケースがあります(アジュバント療法)。私たちのインタビューでも全摘手術後にホルモン療法を受け続けていて、数値が上がってきたという人がいました。

ホルモン療法後のPSA値と「再燃」への不安

ホルモン療法を受けると、多くの場合PSA値は劇的に下がります。私たちのインタビューでもホルモン療法を受けて、値が一気に下がったという人がほとんどでした。しかしホルモン療法は、続けていると次第に効果を発揮しにくくなり、徐々にPSA値が上昇してくる場合があると言われています。これはホルモン抵抗性が生じるためで、「再燃」と呼ばれています。進行性の前立腺がんの場合、ホルモン抵抗性はおよそ2~3年で出現すると言われていますが、必ずしも全ての人がそうなるわけではなく、個人差があるようです(「内分泌療法」を参照) 。ホルモン療法のみを受けている人で、「いずれ薬が効きにくくなるのでは」という不安を感じている人は少なくありませんでした。また、薬だけの治療という心もとなさや、PSA値の上下に一喜一憂する日々が長く続くつらさを口にする人もいました。一方で、不安はあるけれど、再燃したときのことは、なったときに考えればよいと話す人もいましたし、たとえ効かなくなっても、次の治療法があるから大丈夫と医師に言われて安心した(「内分泌療法」ホルモン抵抗性の問題 インタビュー22) という人もいました。なお、2012年版の『前立腺癌診療ガイドライン』では、再燃の定義を、4週間以上あけて測定したPSA値が最低値から25%以上上昇し、上昇の幅が2.0ng/ml以上となったとき、としています。

再燃とPSA値の上昇

PSA値が上昇し、再燃と呼ばれる状態となった後も、様々な治療法があります。ホルモン剤の種類を替える交替療法や、ステロイド投与、タキサン系を中心とした抗がん剤治療 など、がんの勢いを弱めることを目的とした治療が、まずは勧められます。免疫細胞療法などの保険適応のない試験的な治療法を選択肢に入れた人もいました(「補完代替療法 」を参照)。

この再燃状態のとき、PSAが非常に感度のよい検査であるがゆえに生じる状況があります。数値の上昇から再燃と判断され、体のどこかに前立腺がんがあることが推測できても、値が小さく、画像検査に映らないほどの大きさのときには、がんがどこにあるかが分からないということが起こり得るのです。再燃後に抗がん剤治療を受けているというこの男性は、抗がん剤治療を休むと徐々に数値が上昇してくる不安から、どこにがんがあるかはっきりとは分からない状態でも、とにかく何らかの手段を講じたいと切望し、「実験台でもいい」という言葉が口をついて出てしまうほど、新たな治療を求めたくなる切実な思いについて語っていました。なお再燃後、骨転移が認められる場合には、ビスフォスフォネート(商品名ゾメタ、一般名ゾレドロン酸)という、骨転移による様々な症状(疼痛、骨折)を抑える薬が選択肢に入ります。副作用としては「顎骨壊死」「顎骨骨髄炎」などが報告されています。

また、ある男性は、再燃状態でPSA値を含むデータが悪くなっているけれども、免疫力を活性化させるために「笑い」を大切にしているといい、明るく笑わせてくれる家族に助けられていると語っていました。