前立腺がんの進行と治療

前立腺全摘除術や放射線療法など、根治を目指す治療を受けて、いったんは消失したと思われた前立腺がんが、再び発生することを「再発」と呼びます。一方、ホルモン療法によって休眠状態にあった前立腺がんが、再び活動しはじめることを「再燃」と呼んでいます。この現象はどちらも前立腺がんの進行可能性を示すもので、患者と医師が治療方針を相談するべき一つの転換点とされています。また前立腺がんは進行の度合いによって、①偶然発見され、積極的な治療を要しない段階、②前立腺の中にがんが留まっている段階、③前立腺を被う膜を越え、ときに精嚢にもがんが確認される段階、そして④精嚢以外の隣接組織にも浸潤があり、場合によっては遠隔リンパ節や骨などに転移が見られる段階、の大きく4つに分けられます。なかでも④「転移」があるかどうかは、進行の見極めに重要とされており、治療の選択肢にも大きく影響します。ここでは、この「再発」「再燃」「転移」をキーワードに、前立腺がんの進行にまつわる体験の語りを紹介します。

見えないがんの進行

根治的治療を受けた後のPSA再発

前立腺がんと診断されると、どの治療を受けたとしても、しばらくは定期的な血液検査によってPSA値を測定し、経過を見守ります。このPSA値の変動が、前立腺がんの進行を判断する重要な指標の一つになっています。手術や放射線療法といった根治を目指す治療を受けた場合、一定の値が上限として設けられます。(治療後のPSA値の変化や再発とみなす基準値は「治療経過にともなうPSA値の変化」 を参照)。そして、その上限を超えたとき「再発」したとみなされます。これを「PSA再発」(あるいは生化学的再発)と呼んでいます。ほとんどの場合、この時点では自覚症状もありませんし、画像検査で調べても、がん細胞を見つけることすらできないのが普通です。再発とみなすPSA値の妥当性については議論され、その根拠も挙げられていますが、がんの「進行」を自覚症状もなく、がん細胞も確認出来ない状態で判断をするのは、前立腺がんの大きな特徴と言えます。

私たちのインタビューでは、この男性のようにPSA値が上昇し、新たな治療を勧められたという人でも、医師から「再発」という言葉で治療の必要性について説明を受けた人はいませんでした。基準を超えたとはいえ、「PSA再発」というだけでは、寿命や予後にどの程度影響するのか、はっきりしたことはまだ分かっていないのです。その人の年齢や、数値が上昇する速度など、さまざまな要因が関連すると言われています。次の男性も「再発」という言葉ではなく「どこかに隠れたがんがある」という理由で、ホルモン療法を受けることになった経緯を語っています。

ホルモン療法後の再燃

進行性の前立腺がんの場合、ホルモン療法を続けていると、時期に個人差はありますが、がん細胞がホルモン抵抗性をもち、次第に効き難くなる可能性があると言われています。この状態は「再燃」と呼ばれ、再発と同じくPSA値の増大を基準にして判断します(再燃とみなす基準値は「治療経過にともなうPSA値の変化」 を参照)。
この男性はIMRTやHIFU、温熱療法、ホルモン療法といった様々な治療に取り組んできました。それでもPSA値が上昇してくるので、がんがどこにあるか分からない状態にある今、数値の上昇におびえている毎日だと話していました。

がんが進行することへの不安

私たちのインタビューでは、今後の不安要素として、再発、とりわけ転移を挙げる人が少なくありませんでした。ホルモン療法を継続的に受けている人たちには、「転移したら終わり」「転移は悪魔」という言葉で怖さを表現する人もいましたし、根治的な治療を受けた人でも、「もし万が一、転移が起きたら」と不安を口にする人もいました。また、体に痛みを感じた拍子に「転移したのでは?」という考えが頭をかすめるという人もいました。ある男性は、再々発の可能性を伝えられ、前立腺にがんがあるかを確認するために生検を受けるよう指示されたとき、医師には否定されたけれども、生検によって目に見えないがん細胞が、さらに散らばってしまうのではないかと不安がよぎると語っていました。一方で、再発や転移が起こるかどうかは神のみぞ知ることなので、あまり心配しても仕方がないと語る人もいました。

目に見えるがんの進行

根治的治療後の転移

前立腺ではない別の部位にがんが現れることを「転移」と呼びます。転移は、がん細胞が血液やリンパの流れにのって他の臓器に運ばれ、そこで増殖することによって起こると言われ、前立腺がんの場合は、とくに骨やリンパ節に起きることが多いとされています。この男性は、根治をめざして放射線治療を受けた後、画像検査で肋骨に再発した転移がんが見つかったときの思いを語っています。

診断時に見つかる転移

診断時に転移が見つかったという人たちもいます。進行した前立腺がんでは、坐骨、腸骨を含めた骨盤骨、および腰椎や脊椎といった体を支える骨に転移が現れることが多いと言われ、さらに進行すると部位を問わずに転移が起きます。私たちのインタビューでは、骨転移のために起きている痛みとは知らず、整形外科を受診したことが、前立腺がんが見つかるきっかけになったという人たちがいました。(「症状のはじまりと受診のきっかけ 整形外科を経て見つかる」参照) 」)このときの骨の痛みを、ある男性は「とても言葉では表現できないほどの痛み」と表現していました。

治療と療養

PSA再発・再燃後の治療

PSA再発後の治療は、がんの進行状態や、それまで受けた治療によって選択肢が変わってきます。転移がないと考えられ、再度根治を目指すという場合には、全摘術後だと放射線療法を選んだ人がほとんどでした(放射線療法【外照射療法】参照) 。最初に放射線療法を選択した場合は、同じ場所に2度放射線を照射することはできないため、HIFUや冷凍療法(「HIFUと冷凍療法」参照) を受けていました。なおHIFUは、複数回受けることが可能で、数度照射を受けた体験を持つ人もいます(「HIFUと冷凍療法」参照) 。

再燃後の治療は、抗アンドロゲン剤の交替療法や、ステロイド製剤、タキサン系を中心とした抗がん剤療法などが選択されます(「内分泌療法」 「抗がん剤療法」参照 )。欧米では、アビラテロンというアンドロゲン合成阻害剤やエンザルタミドという経口アンドロゲン受容体阻害剤が用いられることもあり、日本でも治験が始まっています。こうした西洋医学的な治療とあわせて、食事や運動など生活習慣の改善を行い、免疫力を高める努力をしていると話す人もいましたし(「再発予防と体調管理」参照 )、補完代替療法を活用している人もいます。この男性は、再燃状態にあっても細心の注意を払いながら運動をし、体を鍛える意識を持つこと、気持ちを高め続けることの大切さについて語っています。

転移部への治療

診断と同時に転移があると分かった場合には、まずホルモン療法を受けることになります。たとえ前立腺の外にがんがあっても、もともとは前立腺のがんなので、ホルモン剤に反応することを期待して、ホルモン療法が選択されるのです。多くの場合、ホルモン療法を受けると急速に症状が改善します(「内分泌療法」参照)。再燃後に骨転移が認められる場合には、ビスフォスフォネート(商品名ゾメタ、一般名ゾレドロン酸)という、骨転移による様々な症状(疼痛,骨折)を抑える薬も選択肢に入ります。
また転移が部分的である場合には、痛みを和らげる目的で、放射線治療を行う場合があります。私たちのインタビューでは、このために転移部に放射線治療を受けた人がいましたが、ほとんど苦痛はなかったという人もいましたし、食欲が極端に落ちて一時的に治療を中断してもらったという人もいました。また、当時は痛みがなかったことを理由に、放射線治療を断ったという男性もいました。

痛みのケア・緩和ケア

骨転移の痛みの治療には、モルヒネを含む鎮痛剤が使用されます。転移のため、腰椎と頸椎に変形があったという男性は、入院中にホルモン療法と放射線療法、モルヒネ等の鎮痛剤による治療を受け、その後自宅でも、腰椎や頸椎にかかる負担を考えつつ、鎮痛剤を使いながら生活した体験について語っています。

また私たちのインタビューでは、がんが浸潤して尿道が狭くなり、排尿に強い苦痛が伴うため、尿路変更術を受けたという人がいました。この男性は緩和ケアを利用して、補完代替療法や痛みのケア、輸血も受けていると話していました。

※腎臓から尿管を経由して膀胱に溜まった尿が、尿道を通って体外に排出される経路。