前立腺は膀胱の下にあり、尿道を取り囲むクルミ大の男性だけにある器官です。前立腺を全摘出する手術では、その近くにある尿道括約筋の一部を損傷する恐れがあります。尿道括約筋は尿をためるときに使われる筋肉であるため、損傷すると、尿道が閉められず、尿漏れが起きてしまいます。近年では、患者の身体にかかる負担を減らす手術方法が増え、術後に尿漏れが起きたとしても一時的で、多くは次第に回復していきますが、わずかな尿漏れを「気にならない」という人もいれば、わずらわしいと思う人もいますし、感じ方は様々です。また、3%前後の人には重い尿漏れが残ると言われています。
ここでは、前立腺がんの手術後に起こる尿漏れの体験を紹介します。手術前の説明と尿漏れが続く期間、膀胱留置カテーテル抜去と尿漏れのはじまり、尿漏れによる生活への影響と工夫、骨盤底筋体操(訓練・運動とも)、排尿の問題と気持ち、重い尿漏れと人工尿道括約筋埋め込み手術、尿漏れ以外の排尿に関する合併症について体験者の語りをご覧ください。また、放射線療法(外照射療法、組織内照射療法)やHIFU、冷凍療法でも排尿トラブルは生じますが、それらについては各トピックをご参照ください。
手術前の説明と尿漏れが続く期間
尿漏れを経験した人たちの多くは、手術に伴って起こる尿漏れのリスクについて、手術前に医師から説明を受けていました。 その反応はさまざまで、「わかっていたので、驚きはなかった」という人もいれば、「説明はあったけれど、思った以上に気になるものだった」という人もいました。尿漏れの理由がわからず、術後に改めて医師に尋ねたという人もいました。尿漏れが続く期間は、がんの浸潤の程度や術式などによって大きく違いがあり、私たちのインタビューでも1~3ケ月から3,4年、あるいはそれ以上と、かなりの個人差がありました。時間の経過とともに軽くなっていったという人がほとんどですが、尿漏れが気にならない人、想像以上に気になったと話す人、さまざまな思いが述べられています。
尿漏れにはいくつかの種類があります。突然に抑えきれない強い尿意が起こって漏れてしまう「切迫性尿失禁」、くしゃみや重いものを持つなどしてお腹に圧をかけたときに漏れる「腹圧性尿失禁」などです。前立腺がんの手術によって生じる尿漏れは多くの場合、「腹圧性尿失禁」ですが、混在した「混合性尿失禁」もあります。
膀胱留置カテーテル抜去と尿漏れのはじまり
手術直後から1週間前後は、前立腺を切除してつないだ膀胱と尿道の縫合部の安静を保つために、尿道口から膀胱内にカテーテルという管が入れられます。尿は膀胱内に貯まることなく、その管を通って畜尿バッグの中へ自然に排出されます。そのため、尿意を感じることはありません。また、カテーテルは膀胱の中で膨らませた小さい風船によって、動いても抜けないようになっています。しかし、カテーテルが入っている間、抜ける心配があった、尿がうまく流れず傷の痛みを感じた、寝返りが打てなくて辛かったと話す人たちがいました。
尿漏れは、膀胱留置カテーテルを抜いた直後から起こります。カテーテルは、膀胱と尿道を縫い合わせたところが治って、尿がその部分を通って外に排泄されても大丈夫な状態になってから抜くことになります。ある人は、膀胱尿道造影*1で縫合部の傷がちゃんとくっついているか確認したことについて話していました。管を抜いたあとは、最初まったく尿意を感じず、尿漏れがひどかったと話す人もいました。
*1膀胱尿道造影検査:膀胱留置カテーテルを通して造影剤を注入し、膀胱の中や尿道の状態を見る検査。前立腺がんの根治的手術後は、手術で縫い合わせた膀胱と尿道の傷がきちんと治っているかを見るために行われる。
尿漏れによる生活への影響と工夫
多くの人が尿漏れに対してどのような方法で予防したり、対処したりしたかについて話しています。尿漏れでゴルフをやめてしまった人もいれば、やめたらいいのにと言われながらも休み休みグラウンドゴルフをした人やダンス・旅行を楽しむ人もいました。皆それぞれに、尿漏れの状況に合わせて下着やおむつ、パッドを調整する、女性用のガードルで陰部を固定し動きやすくしたり、漏れても目立たないようシャツの長さやズボンの色など着衣をひと工夫する 、一定時間でトイレに行く、くしゃみや咳を抑えることなどの工夫をしていました。ほかにペニスを挟んで尿漏れを防ぐ器具やコンドーム型の集尿器などの特殊な器具が用いられることもあります。
腹圧性の尿漏れでは、咳やくしゃみ、重いものを持ったとき、ベッドから起きあがるときなどに漏れてしまいます。くしゃみしないように気をつけた人たちがいましたが、起き上がるときに、お腹に力がかからないよう寝ている姿勢から横を向いて手で支えながら起きることも漏れを防ぐことに役立つそうです。また、失禁用具の相談をはじめ、尿漏れに関するさまざまな対処法については、尿失禁外来のような専門外来で相談することもできます。
水分摂取については、尿漏れするからと言って水分を控えるのはよくないと話している人がいました。高齢であると脱水になるなど他の問題が生じてしまうので、尿漏れ対策をした上で、水分は適度に摂った方がいいとのことでした。
骨盤底筋体操
骨盤底筋体操(訓練・運動とも呼ばれる)は、骨盤底筋のひきしめ、緩める動作を繰り返し行うものです。尿漏れの原因は、手術の影響で尿道括約筋の働きが弱まることによります。ほとんどのインタビュイーが、尿漏れの改善を目指して、骨盤底筋という尿道や肛門を取り囲む筋肉を鍛える「骨盤底筋体操」を行なっていました。しかし、医療者に指導されても効果的に行なうことは難しいようで、うまく行なうコツや、日常の中で続ける方法などについて経験的に得たことを語っていました。ある人は、手術後の痛みでできなかったそうです。体操をして多少漏れが減った気がするという人もいましたが、効果について明言した語りはありませんでした。骨盤底筋体操の効果については、まだはっきりとした科学的根拠 はありません。
また、重度の尿漏れに対しては、骨盤底筋体操の効果はないとされています。重い尿漏れへの治療法として、人工尿道括約筋の埋め込み手術があります。この治療法について詳しくは、重い尿漏れと人工尿道括約筋埋め込み手術をご覧ください。
排尿の問題と気持ち
おむつやパッドを使用しなくてはならないこと、尿漏れによる陰部の不快感、トイレに行くことに気を遣う日々は、精神面にも影響を及ぼすと語った人たちがいました。中にはうつ状態を体験した人もいました。
重い尿漏れと人工尿道括約筋埋め込み手術
術後の尿漏れは、ほとんどの場合、時間の経過とともに治まっていくと言われていますが、およそ3%前後 の人たちに、多量で頻繁な尿漏れが続くと言われています。このような重い排尿障害への治療法として現在では、人工尿道括約筋の埋め込み手術という選択肢があります。(平成24年4月より保険適応) こちらの男性は、重度の尿漏れが続き、様々な工夫をしてしのいでいたものの、2年ほどで「ノイローゼ一歩手前」になってしまったそうで、医師から人工尿道括約筋埋め込み手術を勧められたときには迷うことなくお願いした、と話しています。
人工尿道括約筋は、尿道の周りにシリコン製のチューブを巻き付け、その中に生理食塩水を貯めることで尿道を圧迫し、漏れが起きないようにします。手術は全身麻酔下で行われ、通常は数時間で終了します。術後は、尿道になじませる必要がるため、しばらく人工尿道括約筋をゆるめたまま、動かさないようにする必要があります。
人工尿道括約筋 は合成樹脂製で、尿道を圧迫する「カフ」、カフの圧を調整する生理食塩水を貯める「圧力調整バルーン」、カフを動かすため陰嚢内に設置する「コントロールポンプ」の3つからなります。体内に埋め込まれるので、外からは見えません。術後2か月程度は、尿道の炎症や萎縮によるトラブルを避けるため、動かさないでおく必要があります。
※参考:前立腺を摘出された方の尿漏れ対策.com 「尿漏れ手術とは?」https://aus-info.com/aus
人工尿道括約筋を埋め込んだ後、尿漏れの苦労が、かなりの部分で解消されたことについて話しています。ただし尿漏れが完全になくなった訳ではなく、排尿後にポタポタと滴ってしまう尿滴下は残っていて、医師からも事前にその可能性について説明を受けていたそうです。こちらの男性は、尿滴下をふせぐ様々な工夫をしており、手術前には全く効果が感じられなかった骨盤底筋体操が、工夫の一つとして役に立っていると話していました。
尿漏れ以外の排尿に関する合併症
尿漏れ以外にも、排尿間隔が近い(頻尿)といった症状や手術で前立腺を切除した後に縫合した部分の尿道が狭くなる尿道狭窄(にょうどうきょくさく)という症状を経験した人たちもいました。頻尿の治療には、薬剤や膀胱訓練などがあります。
※参考:日本コンチネンス協会 http://www.jcas.or.jp/care.html#taisho2
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